2016年2月13日土曜日

2016年度のお誕生日おめでとうございます

拝啓、松永あやか様 2月17日のお誕生日おめでとうございます。
国文学士の僕が、こんな脳天ホワイラ文(ふみ)づかいをするものだから、さぞや可笑しいでしょ^^これの由来はさ、もう何年も前の事、あなたに手紙を書こうとして便箋に書き始めたのだけれど、想いは さっぱり言葉にならず、出てきた言葉は「拝啓」と「松永あやか様」だけだった。で、それをつなげると、「拝啓、松永あやか様」になるんです。わはははは。この表現は、その時の気持ちを忘れないために、今後も使っていく予定。
さて、不肖うどんめが、ファンの皆さまの想いを代弁してフォトムービーを作るようになってから、数年がたつ。ファンの皆さまのおかげをもち、Google+のアクセスも411万ヒットを超えました。今年選んだ曲は、インドネシアのCassandra(ドリカムみたいなユニット)が歌う「チンタ・ターバイ(Cinta Terbaik)」。インドネシア語は「世界でいちばん簡単な言語」なんで、独学してるんですが、翻訳も悪くないものができた。あなたに贈るべき詩になるよう、原詩の骨組みを少し変えて創作意訳にしています。
Cinta Terbaik(至上の愛・原詩は1人称視点) インドネシア語

Jujur saja ku tak mampu
Hilangkan wajahmu di hatiku
Meski malam mengganggu
Hilangkan senyummu di mataku
Ku sadari aku cinta padamu
正直に言うと
僕たちには できなかったんだ(原詩・僕だけが出来なかった)
胸の中から 君を消し去ることが(原詩・君の顔を心から消すことが)
あの夏から(原詩・あの夜から)
君の笑顔を 僕たちのこの目から消したはずなのに
気がついたんだ
愛は終わってなかったと(原詩・君を愛していると)

Meski ku bukan yang pertama di hatimu
Tapi cintaku terbaik untukmu
Meski ku bukan bintang di langit
Tapi cintaku yang terbaik
僕たちは君の心の 一番目の男ではないけれど
この上なき愛を捧げたい(原詩・君に対する愛は僕が一番だ)
僕たちは 夜空のあの星ではないけれど
君を まだ愛してる(原詩・僕の愛が一番だ)
Jujur saja ku tak mampu
Tuk pergi menjauh darimu
Meski hatiku ragu
Kau tak di sampingku setiap waktu
Ku sadari aku cinta padamu
本当のことを言うと 僕たちには できなかったんだ
胸の中から 君を消し去ることが(原詩・君から離れられない)
うまく言えないんだけど(原詩・僕の心は不確かだけど)
君はもう 僕たちのそばには いないけど
決めたんだ(原詩・僕は理解した)
君を これからも愛していこうと(原詩・僕の愛が一番だ)

Meski ku bukan yang pertama di hatimu
Tapi cintaku terbaik untukmu
Meski ku bukan bintang di langit
Tapi cintaku yang terbaik
僕たちは君の心の 一番目の男ではないけれど
この上なき愛を捧げたい(原詩・君に対する愛は僕が一番だ)
僕たちは夜空の あの星ではないけれど
それでも君を 愛してる(原詩・僕の愛が一番だ)
Meski ku bukan yang pertama di hatimu
Tapi cintaku terbaik untukmu
Meski ku bukan bintang di langit
Tapi cintaku yang terbaik
Tapi cintaku yang terbaik
Tapi cintaku yang terbaik
ああ 僕たちは
君の心の 一番目の男ではないけれど
この上ない愛を捧げたい(原詩・君に対する愛は僕が一番だ)
僕たちは夜空の あの星ではないけれど
この上ない愛で 君を想い続ける(原詩・僕の愛が一番だ)
この上ない愛で 君を想い続ける(原詩・僕の愛が一番だ)
この上ない愛で 君を想い続ける(原詩・僕の愛が一番だ)
うどんさんはね、自分の愛が一番だなんて ちっとも思ってないし、愛には色んなカタチ・表現がある事や、その移ろいやすさ・危うさも知っている。バランス感覚が大切なんだ。これを失ったら、自己中心の盲愛・傲慢愛になりかねない。だからこそ僕は、原詩を3人称に書き換え、一歩引いた所から皆さまの共通した想いになるよう、詩を再構築してみたのです。
話を変えます。それで、まあ、うどんさんが香川に行ったらさ、やることが沢山あるんだ。たとえば、「香川情報Net」の「香川の代表人物」には、あなたの名前が入ってないという現実がある。香川県民の認識を変えなきゃならない。だいたいさ、ウィキなんか写して書くから、こんな事になる。はっきり言っちゃうと、字引的なものを書くなら、最低でも基本図書の2万冊ぐらいは読んでおかなきゃならないのに、それすら読んでいない人たちが書いているのが日本のウィキ(海外のはマトモです)。現在の執筆陣は(芸能・スポーツ記事関連を除いて)、共同執筆ができるほど成熟していません。香川を代表する文化人などの選定も、1からやり直さなきゃダメ。
香川の先人のweb記事について言うと、たとえば大久保諶之丞翁の「讃岐鉄道開通式の祝辞」。あんなカンタンな文語文すら、「ゆとり教育大国・日本」には口語訳できる人がいなくなってしまった。だからみんな、原文をコピペしてweb公開してるだけ。ダメです、そんな事してるうちは。基礎的な勉強もせずに、先人の魂に触れようなんて都合のいい事など、ゆめゆめ出来やしません。まあ、うどんさんは変態なので、口語訳など同時通訳できるし、変態であるがゆえ、変体仮名で書かれた古文書もスラスラ読める。わはははは。だから、香川に行ったら、『新・香川の偉人小伝』なる本を書くのです(10年くらい先の話ですので、もうちょっと待っててね)。その本で、みなひとよ、近くば寄って目にも見よ、遠からん者は音にも聞け、松永あやかは香川が生んだ偉大な人物なのであるって事を声高に宣揚したい。(亜矢香のことが書きたくて書くのだが、もちろんその他の内容も濃く、しかも読みやすいものにします)
思えば、あの頃の閉鎖的だったコスプレ界。雇われコスプレーヤーでは、狭小な世界の慰めものにしかなれない。あなたは自由にのびのびとコスプレイがしたかった。だからカメラマンのかねしげさんとAngel XXを立ち上げ、独立した。そう、あなたの心が解き放たれた、あの瞬間。それからです。日本のコスプレが、広く一般にも開放されて、文化の香りを持つようになったのは。
Angel XXの作品は、同人とかコミケのレベルを遥かに超えていました。時は、インターネット時代。あなたのコスプレ写真は、海外へ海外へと、どんどん拡散していった。自由で晴れやかで屈託がなく、明るく健康的で、そして観る者のイマジネーションを広げてくれるあなたのコスプレイを見ていた世界のコスプレーヤーたちは、大いに触発されていく。あなたの作品を観て、コスプレイを始めた人たちも沢山いたでしょう。彼らは、日本人からすれば不思議なほど、日本を手本にした。あなたが活動していた7年の期間というのは、世界のコスプレレベルが飛躍的に向上していった時期にあたります。
みんな気づいていないけど、あなたがいたからこそ、コスプレは世界の文化になりえた。あの頃のコスプレを世界的な視野に立って、全体像をとらえる視点で見れば、それが分かる。これって、ものすごいだと思う。単なる東洋の島国の、オタク趣味のアングラ・ワールドでしかなかったコスプレが、短期間で世界の文化へと昇華したのだから。それゆえ、うどんさんは「松永あやかは偉人である」と公言して憚らないのです。
うどんさんは あなたの成した偉業を人々に啓蒙するために、自分の全てを使うのです。香川に山を買って、その山林を整備し、生き生きとした後世に残る演習森「松永あやか記念緑地」を作るのです。そのために、自分の知識・才能・技術・経験、そしてお金も、全部使いつくす。見晴らしのいい場所に美しい広場を作って、あなたの銅像を建立するんだけど、その銅像には、あなたの名前を冠せずに「コスプレする女の子像」とする予定なんだ。古代人が、最高の出来栄えの短歌作品には、作者の名前を冠せずに「詠み人知らず」とした前例を踏みます。
さて、除幕式の予定時期は、30年後の2046年ごろ。ちょっと先の話になるのですが、松永あやかさま、かねしげさま、是非とも是非ともご参列のほど、よろしくおたの申しますね(人・ω・)(人・ω・)☆゚+。*゚オネガイ゚*。+゚☆(・ω・人)(・ω・人) じゃあね。


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