馬券の売り上げもレースの賞金も、全てが全国最低だった高知競馬場。ジャパンカップの賞金総額は6億2400万円だが、高知C3レースの賞金総額は、たったの15万円だ。(賞金 1着 100,000円 2着 25,000円 3着 12,000円 4着 8,000円 5着 5,000円) 膨らんだ累積赤字は88億円。そして2002年、高知県は「競馬場の廃止」を打ち出した。この案を受けて、高知新聞は廃止を促す社説を載せた。ところが、これに真っ向から反旗を翻す男が現れたのである。あろうことか、同じ高知新聞社の社会部の記者・石井研だ。
石井は上司たちから激しい抗議を受けながらも、「高知競馬という仕事」と題する連載を書いた。(こんな事が可能なんだから、高知新聞社はなかなか面白い) その中に、「金のない侍たち」という記事がある。中央競馬から都落ちしてきた馬を、高知の調教師たちが「再生」させ、再び中央の馬たちに勝負を挑むというレポートだ。その記事の内容を織り交ぜながら、文を書いてみる。
(中央競馬の馬運車と高知競馬の馬運車)
中央競馬をはじめ、各地のエース馬が集まってきた佐賀競馬場。2003年2月10日のことだ。翌日はここで交流レースがある。冷暖房完備の「ラグジュアリーDX観光バス」のような馬運車(一頭につき1台)でやってきたのは、中央の馬たち。その横に停められた「場末のオンボロ小型トラック」(旧型の馬運車・乗り合い)の車体には「高知」と書いてある。この「ほろ馬車」でやって来たのが、エイシンドーサン号(高知競馬所属)だ。ドーサンは、かつて中央所属の馬だったが、走れなくなって高知に都落ちした。高知の調教師たちはドーサンを、高知では そこそこ走る馬にまで復活させた。その馬が、勝ち鞍を重ね、出走権を勝ち取って、再び中央の馬たちに戦いを挑んでいく。
(エイシンドーサン号と徳留康豊騎手)
「なんか無謀で、むちゃくちゃで、かっこええなあ。侍やなあ」 取材班の若いカメラマンが、そう言った。中央競馬と地方競馬のジョッキーや調教師の収入は、10倍の差がある。死亡事故の最も多いスポーツである競馬のジョッキーは、中央なら下位クラスでも年収1.000万を超える。ところが、地方競馬になると、下位クラスのジョッキーの年収は、コンビニのバイト代と変わらない。黒船賞(高知競馬の中央騎手交流重賞競争)で、中央競馬の騎手がごみ箱に捨てていったブーツ(乗馬靴)を、高知の騎手が拾って履いている、というのは実話だそうだ。そのブーツとドーサン号が、オーバーラップした。中央の馬と地方の馬では、まず馬体がちがう。飼い葉(エサ)の質がちがう。付けている鞍の質もちがう。地方の馬でも、中央の足元をすくう事はあるけれど、所詮はレベルが違うのだ。だから、このレースでは、エイシンドーサン号の負けっぷりこそに、見どころ・見応えがあり、真実もあるんだ。
レース当日。出走馬は12頭で、9歳馬のドーサン号は12番人気だった。1番人気は横山典弘の乗る中央馬・カイトヒルウインド。ファンファーレが鳴り、枠入りが始まり、発走体制完了。ゲートが開いた。こういうレースの場合、コアな高知競馬ファンは、ヤケクソのように初めから騒ぎまくる。後方からレースを進めるドーサン号に送る声援に力がこもった。「行けえええ~、エイシンドーサン」「ドーサン、やっちゃれー!」
結果、エイシンドーサン号はエアピエールの9着だった。人気のカイトヒルウインドは6着。だが、ドーサン号は泥だらけになりながら、地方馬2頭・中央馬1頭を、けなげにも抜いてきた。中央の馬には10馬身も先着した。よくやった。調教師は、馬が能力の全てを出せるように調教した。騎手は、完璧な乗り方をした。レースの流れも悪くなかった。馬も精一杯走った。だから、これでいい。力がちがうとは、こういう事だ。環境がちがうとは、こういう事だ。だが、こういう戦いも積み重ねれば、一矢報いることもある。さあ、高知に帰ろうや。帰路に向う「ほろ馬車」こそが、金のないサムライたちの乗る車だ。「金のない」に大した意味はない。「サムライ」に意味がある。
石井の書いた連載は、少なからぬ人たちに影響を与えた。「竜馬の土佐」という土地柄もあったにちがいない。高知県と高知市は、2003年に競馬場に対し、「武士の情け」とも言える処置を施す。県議会は「即刻廃止」から、「黒字経営に転換させる事を条件に、現在の負債88億円は、県と市が肩代わりする」という方向に転換する政治決断を下した。雇用の問題もあっただろうが、これで競馬場の金利負担が一切なくなった。もしかしたら、ほんとうに高知競馬は存続できるかもしれない。関係者に一縷の希望がわいた。
石井は連載を続けていた。そして、2004年6月、高知新聞に「1回はぁ、勝とうな」と書き込みの入った1枚の写真が載った。この写真が、その後のハルウララ・ブームを作っていくことになる。(つづく)
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