(橋口浩二実況アナと別府真衣騎手)
石井は、それを聞き逃さなかった。これは いけると確信したのだろう。前回紹介した写真に、金曜日の夕刊紙面全面をあてがった。ハルウララの記事が新聞に載ると、まず高知県内で話題になった。「これ、もう見ちゅう?」。競馬に興味のない人たちも、それを話題にした。この時、高知競馬の組合管理者をしていたのが前田英博。県庁商工政策課のエースだったが、モード・アバンセ事件(多勢の高知県庁職員が関与した26億4千万にも及ぶ不正融資事件)の煽りで「左遷」され、ここに まわされた。だが、これが競馬界にとっては、幸いした。およそ公務員らしくない、やり手の人物が指揮をふるう事になった。前田は高知競馬を再建に向け、あれやこれやとトライしていたが、どれも鳴かず飛ばずだった。ところが石井の記事に反応する市民を見て、「この馬、話題になるかも」と閃めいた。すぐさま全国紙とテレビ局へ、例の写真とハルウララの資料を送った。読みは当たった。ハルウララは全国区の人気者になった。不景気の時代に不景気なものが評判になるケースは珍しい。人々は、どこかに地方競馬の持つ「旅情」なり「癒し」を感じたのかも知れない。ハルウララに託(かこつ)けて、高知を旅行してこよう、なんて人が多かったと思う。いろんな所にお金が落ちたから、高知県にとってもありがたかった。
収容人数が15.000人の高知競馬場は、連日お祭り騒ぎになった。そういえば、園田競馬場の実況する人間国宝・吉田勝彦アナウンサーが生まれて初めて競馬を見たのは、町内の「五穀豊穣祈願の日」だったそうだ。競馬場の正面にある神社にお参りに行くのだが、町内の おっちゃんたちは競馬開催日に合わせてバスを借り切る。競馬が主(しゅ)で、祈願は従(じゅう)。豊穣祈願が済むと、バスを待たせて競馬場にまっしぐら。巻き添えを食らう町内の人にとってはムチャクチャに映るが、これもあり。景気回復は、物見遊山でいいのである。
さて、一気に押し寄せたハルウララ効果で、高知競馬場は黒字に転換できた。これで一息付けた。だが同馬の引退後には、また崖っぷちの経営が待っていた。年間売り上げは40億円を割りこむ。有馬記念ひとレースの売り上げが400億円だから、高知競馬の台所事情が いかに厳しいものか想像してほしい。試行錯誤の末、組合は「通年ナイター競馬(全国初)」に最後の望みをかけてみよう、という事になった。これは競馬場が打つ博打である。今後いちどでも赤字を出したら、高知競馬は即刻廃止の約束だから、あとが無い。だが、従業員たちがついてきてくれるだろうか?
設備費の件は何とかするにしても、競馬場の従業員は、高齢者再雇用の女性がほとんどだ。ナイターをやるとなると、勤務は夜の9時過ぎまでになる。生活にも体にも負担がかかる。騎手にしても、レースが終わって家に帰り、風呂・メシを済ませれば寝るのは深夜11時。馬の調教は朝3時に始まるから、これは しんどい。心苦しいまま、皆に相談した。そしたらナイター開催に異を唱える者は一人もいなかったという。全員が「高知競馬を存続させる」という一念で団結していた。
補助金をかき集め、財政調整基金を吐き出し、10%の賞与や賞金の削減も関係者に了解してもらった。背水の陣で、ナイターとネット馬券販売に賭けた。夜間開催の名称は「夜さ恋(阿波よしこの・夜さ来い)ナイター」とした。ハルウララが教えてくれた「弱者の発想」。目玉に、払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース・3連単馬券」を持ってきた事は、以前紹介したとおりである。上手くいった。「再生」の歯車が、動いた。神さまも、情けをかけてくれたんだと思う。こうして高知競馬は、復興のリズムを掴んだ。
平成21年度~25年度の売り上げは、95億6.900万・101億1000万・109億9200万・119億9.500万・159億200万と右肩上がりに伸びている。サラブレッドの馬産というシステムを鑑みると、地方競馬場が廃止されていくと、馬を買う人が どんどん減っていくから馬産というシステムに歪みが生じる。そうなれば、いい馬・強い馬が作れなくなっていく。地方競馬の踏ん張りが、ようやく世界レベルまでになった日本のサラブレッド馬産を支えている、という見方もできるんだ。
夏の夜空に 花火が散って
夜も眠らぬ 土佐競馬
ビルの谷間を 天馬が踊る
四国高知は 長浜宮田
やってまれ やってまれ
一発逆転ファイナルレース
南国土佐の サムライ駆け抜け
あとは野となれ 山となれ
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