2016年4月2日土曜日

被子植物と虫類と鳥類の連なる生命 そして高知競馬場←は?

小学校の時に、被子植物は虫が好む形と匂いを発する花をつけ、虫を介して受粉する仕組みを知って驚いた。なぜなら花は、あらかじめ虫の存在と、虫たちの好み・行動を知っていた事になるからだ。
これが不思議でたまらなかった。だが教師連中は一人として、この問題に疑問を感じていなかった。不思議に思わないのか?ダメだ、こいつらの低俗な頭じゃ。そう思った うどんさんは市立図書館に行って、いろんな本を調べてみた。だが、そんな事を書いている本は一冊もなかった。当時の図書館は、児童室と一般室が分かれていて、小学生が一般室に入ると、「こっちは子供の来る所じゃない」と言われて追い出されたので、職員を説得するのが一苦労だった。
大人になってから、さらに被子植物は鳥類が好む味の果実を付け、その果肉の中に種子を忍ばせ、わざと鳥に種入りの実を食わせて、遠方に種子を運ばせるという事を知って、2度びっくりした。種子の胚は、鳥類の強烈な消化器官でも消化されないように、固い種皮に包んである。糞と共に排出された種は、発芽に必要な糞の豊富な栄養分にくるまれる。
ああ、なんという事だ。被子植物は、鳥の嗜好・行動・内臓器官の仕組みまで知っている!だが、大人になって検索能力があがっていたにも拘わらず、これらの疑問を解き明かす内容が書かれた本を探すことはできなかった。これらは自分で思索するしかない。
それから長年たって、ある日とつぜん心づいた。「そうか、分かった!被子植物と花粉を媒介する昆虫と種を運ぶ鳥たちは、体は分離独立しているが、本来ひとつの生命体でもあるんだ。個別的生命と総括的生命、ああ、なんて自由自在な生命だろう!」 もちろん、こんな突拍子もない、何の説得力もない説を信じる人なんて一人もいないだろう。だが、この説は 自分を納得させるのに十分だった。うどんさんは嬉しくなった。後年、海外で被子植物と虫は情報交換をしているという学説が出たが、そんな学説は どうでもよかった。
5年前、東北大学の田村宏治教授らが、鳥類の祖先は爬虫類ではなく恐竜である事を決定づける証拠をつかんだ。これまでは、恐竜の前肢が「親指・人差し指・中指」であるのに対し、鳥類の前肢(翼にある指の名残)は「人差し指・中指・薬指」なので、「鳥類の祖先は恐竜ではなく、爬虫類」とする説が有力だった。それが今回の発見で、これまでの説は誤りであり、鳥類の前肢も恐竜のそれも同じ仕組みであることが分かった。これで150年間も続いてきた鳥類の祖先論争はピリオドをうった。被子植物類と虫類、鳥類、これらは2億4千万年以上も続いている総括的生命体なのかも知れないね。そう思って鳥さんたちと遊んでいると、よけいに楽しくなる。
話を少し変える。カラスさん・ユリカモメさん・ウミネコさんは、うどんさんの とりわけ好きな鳥だ。これからの鳥たちは、進化に対し無限の可能性を秘めている。その適応性の凄さはどうだ。自然破壊されたフィールドでも平気で暮らしている。
(ユリカモメさん・冬羽)
とくにカラスさんの、野生でありながら人間文明の都合のいい部分を利用して生活する、いわゆる
シナントロピズムには学ぶところが多い。カラスさんから教えを受けた うどんさんは、人類ではない何者かになって、人間の作ったインフラ・貧乏住宅・web・魚屋・農家の産直・図書館・郷土資料館、そしてギャンブル場と酒を利用するSynanthrope(シナントロープ)になった(*^^)v 2億4千万年前から続く生命列環(造語です)に参加して、都市鳥のように生きる。これが なんとまぁ、快適でシアワセな人生を楽しむ方法であったのだ、自分にとってね。
(香川の白カラスさん・おやじ氏撮影)
でさぁ、香川で暮らせば、高知競馬場に時々行けるんだよね。2.000年以降、ギャンブル場廃止論が高まる中で、累積赤字88億円の、まっさきに潰れてもおかしくなかった高知競馬場。ところが、「弱者の大逆転」がおきる。Foinavon(フォイネーヴォン)が英国グランド・ナショナル大障害レースを大逆転勝利したようなものだ。売り上げが年間40億円を切っていた赤字製造機の超弱小競馬場が、今や120億円近くを売り上げ、多くの黒字を出している。
(3分24秒・日本語では「フォイネイボン」と言うらしい。騎手はジョン・バッキンガム。世紀の大落馬事故が起こった10秒後、はるか後方を走っていたFoinavonだけが障害を飛越していく)
高知競馬のトップたちは経営危機を脱する際、非常にフレシキブルな発想をした。都市鳥さんたちのようにね。地方の競馬場でありながら、中央競馬の都合のいい部分を利用した。競馬場のシナントロピズムである。中央競馬の最終レースで馬券を外した連中が、ネットで高知競馬のナイター・レースの馬券を買えるようにした。目玉は、高知最終レースに組まれる払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース」の3連単馬券。このレースには、勝鞍に見放されている馬たち(競馬新聞記者たちが選抜する)が出場する。中央競馬と、まったく逆の発想をした。
うどんさんは変態なので、「有り金ぜんぶスッて、不貞腐れて大の字になってギャンブル場の道路に寝ること」を理想としている。馬に自分の人生を投影しない。だが常識ある一般ピープルたちは、「最後は勝ちたい」と願っている。馬に自分を重ね合わせる。高知競馬のトップは、まんまと その人情につけ込むことに成功したんだ。
高知競馬の もうひとつの特色として、故障や成績不振でホームグラウンドを走れなくなった馬たちを引き取って走らせる場所というアイデンティティがある。走れなくなった多くの牡馬(おとこ馬)は、たいがい屠殺場に運ばれて、ニュー・コンビーフ・加工馬肉になる。これが経済社会だ。だが、馬主にしてみたら、もう少し余命を与えたい。それが、せめてもの慰みになる。競走馬の維持には お金がかかるけど、あと数年は南国の小さな競馬場で、のんびり余生の競争生活を送ってくれや、となる。ここ、高知競馬場の調教師たちは、業界で「再生屋」とも呼ばれているんだ。
かつで中央競馬などで活躍した大好きだった馬が高知競馬場に都落ちしたしたら、はるばる尋ねに行ってポケット・マネーで単勝馬券を買い、砂場場をドン尻でゴールする かつての自分だけの名馬に、惜しみない拍手を送る、なんていうのはステキだと思う。宗教的視野で観れば、「再生屋」を長くやっている篤行があったからこそ、絶体絶命の窮地から高知競馬は「再生」できたのだと捉えられはしまいか。だから、他の地方競馬場が高知競馬場の真似をしても、こんなには上手くいかないだろうと、うどんさんは思っている。

2016年3月26日土曜日

うわぁ~。社会の教科書みたいな文になってしまった><;

(コミケ本「涼宮ハルヒの誘惑」画像張り出し開始)
年度末の慌ただしさなんて言い訳になりません。「香川用水」高松市以東(農業専門用水区間)が農業にあたえた変化を書いていたら、高校社会の文章みたくなってしまった。幼稚で生硬(せいこう)。農家の事が、まったく分かっていないボンクラの書く駄文だわ、こりゃ。自己憐憫しました。はぁ、うどんって哀れな奴だにゃあ。
んだすけ、少し時間をおいて書き直す。農家の人が書いてた本を、まとめて再読してみるわ。そういえば山下惣一さん(佐賀の農家にして文筆家)が、「二条麦と六条麦の違いも分からん奴とは話をしたくない」なんて言ってたなぁ。この人は中学校しか出ていないので、いい文章を書く。いわゆる「有識者・インテリ・文化人」が、拾った知識(しかも間違ったもの)を羅列する文しか使えないのとは、対照的な文を書く人なのであります。
ちなみに、こうです。うどんさんは、かろうじて記憶にあったのだが、「話をしたくない」側の人間に入るだろうな。ああ・・・
んで、あらたな文が出来るまで、「ガールズ競輪」やら「高知競馬場と別府真衣騎手(2016.3.25時点で587勝・連帯率21.6%の鉄人女性ジョッキー)」、「香川の女性レーサーが強豪ぞろいの丸亀競艇場」(←なんか女性選手の事ばかり)、本年3月に突然廃止になってしまった船橋オートレース場の事なんかを書いていきたいなんて思っている。
2.000年を過ぎてから、全国で7つの競輪場・7つの地方競馬場が廃止になった。オートレース発祥の地・船橋では、選手会に何の知らせもないまま、突然レース場廃止が正式決定された。レース場で働く多くの従業員がいるのだから、不当な仕打ちだ。ギャンブル場に、会社更生法なんてものは無いのにさ。だが、これも時代の流れなんだろう。
個人的なことを言うと、うどんさんが自分の任務を遂行するためにはギャンブル場通いが必要だと感じている。理由のひとつは「バカは懲りない」という生き方を身に染みさすため。毎度オケラになっていても、ギャンブラーが挫折することは無い。カッコつけて言うと「ネバー・ギブアップ」。懲りずに、どこまでも生き続けていく。大学時代『パスカル著作集』全4巻を愛読していたが、パスカルの発想はギャンブルに通じていると思った。彼の「神の証明」なんて、まさにギャンブラーの発想である。破天荒で、よい。
もうひとつは「永遠の2分前」を生きること。地方公営ギャンブル場では、「投票締め切り2分前です」というアナウンスが流れても、投票券が売れている間は何分たとうが「締め切り2分前」なんだ。アナウンスから10分たっても「締め切り2分前」のまま。時間が足りず、窓口が閉じてしまったという事がない。これはいい。人生、何が起こるか分からないから。目的を達する前に死んでしまうかもしれないから。だが、この「永遠の2分前」を体得しておけば、タイムリミットは飴細工のように伸びていく。んで、任務遂行した時点で、きれいさっぱり、サヨウナラ。男は雷電、大往生。←意味不明
この地方公営ギャンブルのリズムに乗るため、うどんさんは毎日、体と感受性を鍛えている。感受性?どうやって? かつてラッシャー木村が「オレは猪木を倒すために、いろんな事をやっている」と言ったとき、記者にツッコミされた。「どんな事をしてるんですか?」 ラッシャー大兄は「腕立てとか腹筋をやってます」と答えた(爆) ま、こんなカンジのトレーニングだから期待しないで聞いてくれ。
朝、川辺を散歩するときに渡り鳥さんたちに撒き餌をしてる。ユリカモメさん・セグロカモメさん・ワシカモメさん・シロカモメさん・ただのカモメさん。もうすぐ北に棲み処を移す。コハクチョウさんたちは3月19日に旅立った。毎日トリさんたちと遊んでいると、お互いに顔を覚える。鳥の顔見知り。これは楽しいですよ。今度の冬に、また彼らがやってきた時、「やあ、しばらくだね」と会話ができる。遊んで感性が磨かれる。
そして月の明るい夜、里山を散歩してくる。樹木さんも虫さんも、今はまだ眠っているのが多いけれど、すぐに賑やかになる。春になれば、田んぼでカエルさんたちの大合唱が聞けるにゃ。月夜の散歩は、メゾチントの世界。昼とは全くちがった表情と雰囲気がある。 お化け、怖くないですか?うん、変態だから怖くない。だけど、これから活動しだす吸血昆虫のたぐいには、気をつけなくちゃいけない。彼らは「鬼(き)」の部類に入るからね。
具体的には、ノミ・ダニ・ツツガムシのような生き物。草の先端で、哺乳類が通るのを、じっと待っている。そして呼吸で排出される二酸化炭素をとらえると、とりつく準備をする。山歩きをするときは、肌を出していちゃダメだ。ツツガムシに刺されたら、運が悪けりゃ死ぬことだってありますから。
しかし、まあ、月の光に照らされた夜の森は美しいんだ。森に入る手前の道路を、山ネズミさんたちの行進してきて、歓迎してくれる。夜の森の女王さまは、フクロウさん。「オッホウ ゴロスケ ギャウ オッホウ」という鳴き声が聞こえたら、フクロウさんだ。いちど、足元から2メートルにも満たない距離に急降下してきて、小動物か何かを捕まえていった事がある。フクロウさんの大きさに感動したよ。その脚の、太いこと太いこと。姿かたちも、精霊みたいに見えるしね。夜の森は、感性を磨くのに、とてもいいんだ。これらがラッシャー木村の「腕立てとか腹筋」に値する。
こんな事やって、ギャンブルで勝てるようになりますか? 直接は関係ない。でも、このレースは荒れる、だとか、順当に収まるかなんて事は感じられるようになる。出目が死に目になるタイミングとかも、おおかた分かる。だから当たるって訳じゃないけどね。確実に言えるのは「レース予想の正解は、ひとつじゃない」って事。実力が拮抗しているとすれば、「10回レースを行えば、10回とも違った結果になる」。これを分かっていない人が多い。
竹井史香(ふみか)選手 A級2班 ホームバンク・高松競輪場 香川県出身 マーク屋
好きな食べ物「さぬきうどん」
だからギャンブルの予想は、理性じゃ出来ないと思う。理性で見えるのは、せいぜい4コーナーまで。事故も予想できない。ゴール板のところまで見切るには、レース場に流れている「雰囲気」をつかむことが必要になるんだ。そしてそれは、ささやかな金額を賭けている時にしか体感できない事が多いんですよ。


2016年3月19日土曜日

讃岐の龍神・香川用水を辿(たど)る①

高知の早明浦(さめうら)ダムから、徳島の池田ダム分水場へ流れた水は、分水工を通り8キロメートルある地下トンネルをくぐって香川に入り、県中を潤して、東かがわ市の宮奥池に抜ける。天下に誇る香川用水のルート。それを辿ってみたいと思います。そうそう、最初に申しておきますが、途中で脇道に逸(そ)れるのは必至。だって、丸亀市には競艇場があり、高松市には競輪場があるんですもの。じつは、うどんさん、ギャンブルが3度のメシより好きなのです。
大学時代から急に勉強好きになった。いちばん熱心にやったのが競馬の勉強。なんと、うどんさんの4年間の学費全ては、競馬でとったお金で払っていたのです。コレ本当(なんてふざけたヤツだ)。國學院大學はJRA渋谷場外馬券売り場のスグそばで、立地条件がいい。生活費等も含めて、親からは1円も貰わなかった。だから今でも、競走馬を見ると「大学を出してくれた大恩人(馬)」として手を合わせます。のっけから話がソレました。行きます。
西日本一の規模を誇る早明浦ダムの底には、かつて大川村主要部だった土地が沈んでいる。ダム建設をめぐり、流域の本川村・大川村・本山町の3町村の置かれた立場は、それぞれ異なった。
水に沈む大川村だけが、何のメリットもなかった。ダム建設が決定してから、村の人たちは反抗心を示すため、水没予定地に3階建ての村役場を新築したそうだ。村長は、建設省の役人に村役場の敷居をまたがせなかったという。このダムに水没した大川村の世帯は387世帯。建設後、ダムが渇水するたびに、旧・役場が怨念のような顔を出す。それを見る者は、なんとも複雑な気持ちになるのです。偉業の影には、どうしても犠牲やら、ドロドロしたものがが付きまとう。これを忘れる事なかれ。では、このことを頭に入れておいて、現地まで行ってみましょう。
国道439号線は吉野川(四国を横断する大河川)を跨(また)ぎながら走る。あまり知られていないが、この吉野川より南側は、海洋プレートが隆起してできた土地。北側は、大陸プレートの土地。だから四国は、南と北で雰囲気が大きく異なるんだ。この国道は、大陸プレートと、かつての海洋プレートの上を交互に走れる稀有な道路です。山の稜線が美しいですね。
おお、デカいダムですね~。「四国の水瓶」とも「四国のいのち」とも言われているダムで、四国四県で使われる水が、この一ヶ所にあるとも言える。総貯水量3億1,600万立法メートル。これは東京都の水瓶・狭山湖ダムの15、3倍の貯水量です!じつは、うどんさん小学校低学年の時からダム・フリークス。ルーツは黒部ダムだった。黒部ダム建設時の殉教者は170余名にのぼる。ダムは、まさに命がけで造る。合掌。
香川県全域分の水(早明浦ダム使用水量の3割)と吉野川北岸農業用水が、このダムから、徳島にある「四国のかなめ」池田ダムへと送られている。くびすを返して徳島へ。このダムで、2県分の水が分水される。香川用水の起点です。ここには階段式魚道があり、ダムに流れ込んだ流木を粉砕して堆肥化させ、農家に無料配布するなど、取り組みもユニーク。このダム湖を跨いでいる、女性的な景観の、美しい大架構梁がある。世界初の両側同時張出しによるトラス(単位三角形構成)工法によってアーチ部を架設のしたもので、名前も「池田へそっ湖大橋」と、ユニークだ。この橋の基本設計をしたのは、望月秀次・安藤博文の日本道路公団四国支社建設部に籍を置く両氏。うどんさんは大の橋フリークスでもある。ルーツは隅田川橋梁群。では、香川に入りますよ。
池田ダムから送られた水は、導水トンネルを通って「香川用水記念公園」(三豊市)の東西分水工で分かれ、西部幹線に送られた水は観音寺市を受け持つ。香川用水の農業用水配水の仕組み例は、こうだ。田植え用水は、まず地元の溜め池の水を利用する。孫池の水が少なくなると、子池から水を補給。子池の水は親池が補給する。そして田植え後、親池に香川用水が水の減少した分を補水する。節水が徹底されてますね。
東部幹線は同じく三豊市の「香川用水調整池(宝山湖)」付近の神田分水で、高瀬支線を伸ばす。ここの支線は、三豊市を受け持つ。こんな感じで、幹線水路は次々に水を送っていく。 ああ・・・ちょっと疲れた。ここまで調べるのに結構時間がかかった。
脇道に逸(そ)れます。気晴らしに、得意分野の話を書く。仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)、通称「こんぴらさん」。「玉藻集(たまもしゅう・讃岐の名所・古跡を詠じた江戸時代の和歌集)」に3.000年前からあると書かれる(3.000というのは実数ではなく、単に「大きな数字」の意味だと思う)この社(やしろ)は古くから参詣者が多く、本州からも参詣専用船に乗って、多くの人が訪れていた。その船を「金毘羅船(こんぴらぶね)」と言った。
金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり) 象頭山(ぞうずさん)
金毘羅大権現(だいごんげん) いちど まわれば
(以下、この歌詞の繰り返し。その後accelerando←早くなって、終わる。)
この唄のレコードには、5番まで歌詞のあるものがあるが、後世の付け加えで、元唄にはこの歌詞しかなかった。うどんさんは戦前の日本民謡研究もしていたのだが、この歌の歌詞だけは日本全国どこに行っても同じだそうだ。お座敷遊び唄であるが、老若男女いずれにも有名で、小さい子どもまで知っている。おそらくは参詣帰りに、丸亀あたりで芸者遊びした旦那衆が覚えて、自分の土地に持ち帰り広めたのだろう。(←いちおうの得意分野)
んで、何を書きたかったのかと言えば、この「こんぴら船々」が丸亀競艇場の舟券発売締め切り合図の音楽として使われている事だ!(←真の得意分野) 締め切り3分前からアッチェレランドが始まり、テンポが速くなっていく。おいおい、そんなに せかすなよ。2分前、女性の事務的な声で「この音楽が鳴り終わりますと、投票窓口を締め切ります」という無情なアナウンスが流れる。おい、まだ舟券買ってねぇってば!焦れば焦るほど、ツキが遠くに行っちまう。サイフは、どんどん軽くなっていく。そして最終レースに有り金全部つぎ込まねばならぬという、いつものパターンになる 。結果はいつも同じである。今日もオケラになってしまった。もう、帰りの電車賃も無い。また空腹に耐えながら、6時間歩いて帰るのか・・・不貞腐れて、道路に大の字になって寝る。これがサイコーに気分いい。富にも権力にも拠らない、ほんとうの自分になれる。これが簡単に出来るのは、ギャンブル場だけだ。帰り道、澄んだ星空に闘志が燃える。今日の仇は、次の開催日で討つ!ああ、まったく懲りることが無い。
♪~金恋し 腕節痩せねど サイフは空にて 今宵も更けゆく♪~ (「金恋し」石田一松・「君恋し」のメロディーで)
丸亀 舟券
生活費に手をかけ 修羅シュシュシュ
まわれば 四国は
高松競輪 高知競馬に 丸亀競艇場
いちど回れば スッテンテン

地方公営ギャンブルって1年365日、ほぼ毎日やってるんですよ。おお、オソロシイ。←香川用水どこ行った。(次回につづく)

2016年3月12日土曜日

己心の香川と現実の香川・水にまつわる話

今、香川用水と出水(ですい・香川方言で、自然湧水の事)を讃える詩を書いているんですが、これには たっぷりと思い入れを入れて書いている。いわゆる己心(心の中にある)の香川です。うどんさんが詩に書く「香川」は、いつも「己心の香川」なんだ。
だから現実の香川とは違うのです。たとえば、今の世の中、香川の水の不味さを言う人が多いでしょう。ありがたいはずの水道水に手を合わせる人は、少ない。ネットに、こんな記事がありました。
「最近高松に引っ越してきました。前住んでいたとことは、静岡県の東のほうだった。すごく水がきれいで豊富、水道代も安かった。こちらにきて、まず不動産屋に浄水器レンタルを薦められた。浄水器?何でそんなものが必要なの?その理由は、香川で暮らし始めて分かった。水道水がおいしくない。そして、水道の出が悪い。川に水がなく、どぶのようなところには一切水がなく干上がっていました。水道料金もだいぶ高めです。今までの10倍くらいする。」
静岡は全国的に見ても、トップクラスで水がきれいで、かつ豊富な、水道代の安い土地。静岡の小川町の10立方メートルの水道代は363円。香川県高松市は同じ量で2.592円になります。水道代っていうのは、土地が違えば、これくらい違う。地域によって水資源の貧富・水道事業の難易・設備維持費の大小があるから、これは当然なんだけど、平均値的思考が身に付いている現在の日本人には納得しがたい事のひとつでしょうね。(ちなみに北海道羅臼町では3.360円にもなる)
この「高い・不味い・出が悪い」香川の水道水も、「己心の香川」では、「いのちを支える甘露の水」となるんですよ。香川の水の履歴、それをちょっと書いてみます。(写真集の続きは下の方にあり)
((諶之丞の銅像を建てたのは三豊(みとよ)市にある「讃岐缶詰」の創立者・渡辺礒吉(いそきち)さんだ。香川県が税金で造ったんじゃなくて、諶之丞の研究者が個人で、自分で働いたお金で造ったんです。すばらしいじゃないですか。))
香川県の近代インフラ(都市基盤施設)の全ては、大久保諶之丞(じんのじょう)という明治時代の一県会議員でしかなかった人が構想したんです。彼が構想した「香川用水」は高知県の巨大「早明浦(さめうら)ダム」に貯えられた水を、徳島県の「池田ダム」を通じて、香川県に導水するというものに発展した。
香川用水は、なんと3県にまたがった、年間2億5000万トンの水を送る大用水路なのです。(120年も前に、こんなスゴイ構想がよくできたものだ。「香川用水」を初めて知ったとき、うどんさんは水源の無いシンガポールに生活用水のすべてを供給するためマレーシアから引かれた、あの巨大パイプラインを連想しましたよ)
(シンガポールとマレーを結ぶ3本の巨大水道パイプライン・Tambak Johor)
諶之丞は、四国四県を結ぶ幹線道路・「四国新道」の計画を熟思している時に、慢性的な水不足に苦しんでいる香川に、徳島県を流れる吉野川から水を引けば、農業用水・生活用水ともに確保できると確信したのです。
((十和田市の太祖塚(たいそづか)に祭られている新渡戸伝の銅像))
この発想は、青森県の「人も野生動物も、鳥も虫たちもいない、そして草木の一本も生息していない三本木原(水が無かったから)」に、遠く離れた奥入瀬川から用水路を引き、一大穀倉地帯と都市(現・十和田市)を作った新渡戸伝(にとべつとう)も彷彿させる。江戸時代の事だった。この稲生川(いなおいがわ)用水路を通すために、2つの山にトンネルを掘る必要があった。トンネルの総延長は6.000メートルにも及ぶ。それは、すべてノミと金づちで掘る。だが伝は、この難工事を、わずか5年で完成させる。半農半商の都市計画は、次男の十次郎に任せた。三本木原の新田に初めて稲が実った年、十次郎の子どもが生まれる。その子は稲穂と三本木原の町が造られた事にあやかって「稲造」と名付けられた。そう、あの、新渡戸稲造です。また、現代の青森県南部平野は、稲生川用水の効果もあって、あの広大な津軽平野に匹敵する広さを持つに至っているのです。
(十和田市を流れる稲生川)
話を戻します。うどんさんが香川に行ったら、真っ先に礼拝しに行きたいのが 1・瀬戸大橋 2・四国新道(高松から高知に至る現在の国道32号線と、高知~松山間の33号線) 3・多度(たど)郡・琴平(ことひら)公園の大久保諶之丞像 3・三豊市にある香川用水記念公園 4・200か所以上ある香川の出水(うどんさんが数えてみたら206か所あった) なんだ。讃岐うどんなんて、四の次・五の次でいい。出水には、ひとつひとつに番号を付け、毎年巡礼したいと思っている。そして、この「出水巡礼」を香川の教育・文化事業にできたらいいなと願っている。古来より、人と沢山の生物の命を支えてきた「出水」は、現在 手入れされることも無くなり、水は濁り、ゴミだまりになり、水が枯れたりしている。
(善通寺市にある出水。荒れています)
古来より水を確保することは、命を守ることでもあった。水が無ければ料理も洗濯もできない。お風呂にも入れない。農作物が作れない。第一に、生きていくことが出来ない。水を讃えることは、水を美味しくすることにつながる。水を讃えることは、生活にツヤを持たせる。そして水を讃えることは、いのちを磨くことに連なるのではなかろうか。うどんさんは、以前から痛切にそう思っている。
(まんのう町の出水。土を入れ替えなきゃないですね)
うどんさんは現在青森県民だが、心の中では既に香川県民にもなっている。気が早いんだ。だから、冒頭に紹介した静岡から香川に引っ越してきた方には、こう申し上げたい。
「生活用水も農業用水も満足に確保できない香川県が、高知と徳島の方々のご理解とご厚意により、遠く離れた他県のダムから水道水を送ってもらっています。水圧は強くできません。経費もかかるので、水道代は割高にならざるを得ません。そんな中、香川県水道局の人たちは、少しでも美味しい水を県民の方に飲んでもらいたいと日々努力を続けています。水の豊かな静岡県とは同じようにいきませんが、なにとぞご理解くださいませ。」だが、これで話をチョンにしたくない。先がある。
これは静岡県の柿田川にある湧水のひとつ。美しいですね。でも、かつては日本の湧き水は、どこでも清らかだった。だから、うどんさんは香川の出水を、カラスさんに協力してもらって水神(みずがみ)さま(古代人が神格を与えた、水を浄化する自然現象)を呼び起こし、この状態に戻していきたいんだ。(←意味不明だべ。この「秘法18番」を、うどんさんは知っているのだ。ふっふっふ^^) 一ヶ所成功すれば、あとは何とかなる。高松市には、名水「楠井(くすい)の泉」が湧いているくらいだから可能性は、ある。現在、香川県水資源対策課が行う中学生対象の「香川用水・水源巡り」は20年以上続けられている事だし、あとは個々の感受性に問うところは大きいが、「出水巡礼」を県民運動にできる下地だってあるだろう。
水道を使うたびに「高い・不味い・出が悪い」と感じるのであれば、裕福層であろうとも、満ち足りた生活は送れない。これは、損だ。「ああ、ありがたいな。嬉しいな。なんて便利なんだろう。この水道があるから、今日もまた一日、生き延びられる」と心から感じられれば、貧しくても艶やかな生活を送ることが出来る。
幸福生活とは、そんな日々の積み重ね。だから、今の日本で「幸福な人生」を生きる事なんて、じつは そんなに難しいことではないのです。
これが亜矢香のラスト作品集「魔法人形あやか」の最終ページ。あやか様、かねしげ様、「つづく」の続きは、わたくし「つめたいうどん」が引き受けました。その具体的実践は、香川の地にて行います。