2016年4月19日火曜日

高知競馬「再生」への足取り

高知競馬のレース実況をする橋口浩二さんは、誠実で紳士的なアナウンスをする人だが、多趣味で音楽にも造詣が深い。高知競馬場の、平場(ひらば)・重賞競走・交流レースのファンファーレは、ともに彼の作曲によるものだそうだ。雰囲気がよく出ている曲風で、曲想に夢がある。思いがある。レース前に馬の戦歴などをつぶさに調べてから、口上を述べる真面目な宮崎県人。未勝利が続く馬に対しては、「このレースで勝てば、○戦目の勝利です」と、律儀に紹介する。高知新聞社の石井研に、ハルウララの連敗記録を教えたのが、この人だった。
(橋口浩二実況アナと別府真衣騎手)
石井は、それを聞き逃さなかった。これは いけると確信したのだろう。前回紹介した写真に、金曜日の夕刊紙面全面をあてがった。ハルウララの記事が新聞に載ると、まず高知県内で話題になった。「これ、もう見ちゅう?」。競馬に興味のない人たちも、それを話題にした。この時、高知競馬の組合管理者をしていたのが前田英博。県庁商工政策課のエースだったが、モード・アバンセ事件(多勢の高知県庁職員が関与した26億4千万にも及ぶ不正融資事件)の煽りで「左遷」され、ここに まわされた。だが、これが競馬界にとっては、幸いした。およそ公務員らしくない、やり手の人物が指揮をふるう事になった。
前田は高知競馬を再建に向け、あれやこれやとトライしていたが、どれも鳴かず飛ばずだった。ところが石井の記事に反応する市民を見て、「この馬、話題になるかも」と閃めいた。すぐさま全国紙とテレビ局へ、例の写真とハルウララの資料を送った。読みは当たった。ハルウララは全国区の人気者になった。不景気の時代に不景気なものが評判になるケースは珍しい。人々は、どこかに地方競馬の持つ「旅情」なり「癒し」を感じたのかも知れない。ハルウララに託(かこつ)けて、高知を旅行してこよう、なんて人が多かったと思う。いろんな所にお金が落ちたから、高知県にとってもありがたかった。
収容人数が15.000人の高知競馬場は、連日お祭り騒ぎになった。そういえば、園田競馬場の実況する人間国宝・吉田勝彦アナウンサーが生まれて初めて競馬を見たのは、町内の「五穀豊穣祈願の日」だったそうだ。競馬場の正面にある神社にお参りに行くのだが、町内の おっちゃんたちは競馬開催日に合わせてバスを借り切る。競馬が主(しゅ)で、祈願は従(じゅう)。豊穣祈願が済むと、バスを待たせて競馬場にまっしぐら。巻き添えを食らう町内の人にとってはムチャクチャに映るが、これもあり。景気回復は、物見遊山でいいのである。
さて、一気に押し寄せたハルウララ効果で、高知競馬場は黒字に転換できた。これで一息付けた。だが同馬の引退後には、また崖っぷちの経営が待っていた。年間売り上げは40億円を割りこむ。有馬記念ひとレースの売り上げが400億円だから、高知競馬の台所事情が いかに厳しいものか想像してほしい。試行錯誤の末、組合は「通年ナイター競馬(全国初)」に最後の望みをかけてみよう、という事になった。これは競馬場が打つ博打である。今後いちどでも赤字を出したら、高知競馬は即刻廃止の約束だから、あとが無い。だが、従業員たちがついてきてくれるだろうか?
設備費の件は何とかするにしても、競馬場の従業員は、高齢者再雇用の女性がほとんどだ。ナイターをやるとなると、勤務は夜の9時過ぎまでになる。生活にも体にも負担がかかる。騎手にしても、レースが終わって家に帰り、風呂・メシを済ませれば寝るのは深夜11時。馬の調教は朝3時に始まるから、これは しんどい。心苦しいまま、皆に相談した。そしたらナイター開催に異を唱える者は一人もいなかったという。全員が「高知競馬を存続させる」という一念で団結していた。
補助金をかき集め、財政調整基金を吐き出し、10%の賞与や賞金の削減も関係者に了解してもらった。背水の陣で、ナイターとネット馬券販売に賭けた。夜間開催の名称は「夜さ恋(阿波よしこの・夜さ来い)ナイター」とした。ハルウララが教えてくれた「弱者の発想」。目玉に、払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース・3連単馬券」を持ってきた事は、以前紹介したとおりである。上手くいった。「再生」の歯車が、動いた。神さまも、情けをかけてくれたんだと思う。こうして高知競馬は、復興のリズムを掴んだ。
平成21年度~25年度の売り上げは、95億6.900万・101億1000万・109億9200万・119億9.500万・159億200万と右肩上がりに伸びている。サラブレッドの馬産というシステムを鑑みると、地方競馬場が廃止されていくと、馬を買う人が どんどん減っていくから馬産というシステムに歪みが生じる。そうなれば、いい馬・強い馬が作れなくなっていく。地方競馬の踏ん張りが、ようやく世界レベルまでになった日本のサラブレッド馬産を支えている、という見方もできるんだ。

夏の夜空に 花火が散って
夜も眠らぬ 土佐競馬
ビルの谷間を 天馬が踊る
四国高知は 長浜宮田

やってまれ やってまれ
一発逆転ファイナルレース
南国土佐の サムライ駆け抜け
あとは野となれ 山となれ

2016年4月10日日曜日

廃止目前の高知競馬に舞い降りた奇人と、金のないサムライたち

高知競馬場にはハルウララ号の肖像画(実物大)が描かれた壁面がある。全国ブームになった、一頭の負け常習馬。日本馬で初めて国際G1レースを勝ったカツラギエースもセリで売れ残った馬だったが、ハルウララ号の主取りは訳がちがった。競走馬レベルの低い競馬場でなくては、どうにもならんだろうという事で、高知の所属馬となった。だがこの馬が、のちに並みの名馬にもできない経済効果を波及させ、高知競馬場が歩む方向も示唆していくのだから、世の中は分からないものだと思う。
馬券の売り上げもレースの賞金も、全てが全国最低だった高知競馬場。ジャパンカップの賞金総額は6億2400万円だが、高知C3レースの賞金総額は、たったの15万円だ。(賞金 1着 100,000円 2着 25,000円 3着 12,000円 4着 8,000円 5着 5,000円) 膨らんだ累積赤字は88億円。そして2002年、高知県は「競馬場の廃止」を打ち出した。この案を受けて、高知新聞は廃止を促す社説を載せた。ところが、これに真っ向から反旗を翻す男が現れたのである。あろうことか、同じ高知新聞社の社会部の記者・石井研だ。
石井は上司たちから激しい抗議を受けながらも、「高知競馬という仕事」と題する連載を書いた。(こんな事が可能なんだから、高知新聞社はなかなか面白い) その中に、「金のない侍たち」という記事がある。中央競馬から都落ちしてきた馬を、高知の調教師たちが「再生」させ、再び中央の馬たちに勝負を挑むというレポートだ。その記事の内容を織り交ぜながら、文を書いてみる。
(中央競馬の馬運車と高知競馬の馬運車)
中央競馬をはじめ、各地のエース馬が集まってきた佐賀競馬場。2003年2月10日のことだ。翌日はここで交流レースがある。冷暖房完備の「ラグジュアリーDX観光バス」のような馬運車(一頭につき1台)でやってきたのは、中央の馬たち。その横に停められた「場末のオンボロ小型トラック」(旧型の馬運車・乗り合い)の車体には「高知」と書いてある。この「ほろ馬車」でやって来たのが、エイシンドーサン号(高知競馬所属)だ。ドーサンは、かつて中央所属の馬だったが、走れなくなって高知に都落ちした。高知の調教師たちはドーサンを、高知では そこそこ走る馬にまで復活させた。その馬が、勝ち鞍を重ね、出走権を勝ち取って、再び中央の馬たちに戦いを挑んでいく。
(エイシンドーサン号と徳留康豊騎手)
「なんか無謀で、むちゃくちゃで、かっこええなあ。侍やなあ」 取材班の若いカメラマンが、そう言った。中央競馬と地方競馬のジョッキーや調教師の収入は、10倍の差がある。死亡事故の最も多いスポーツである競馬のジョッキーは、中央なら下位クラスでも年収1.000万を超える。ところが、地方競馬になると、下位クラスのジョッキーの年収は、コンビニのバイト代と変わらない。黒船賞(高知競馬の中央騎手交流重賞競争)で、中央競馬の騎手がごみ箱に捨てていったブーツ(乗馬靴)を、高知の騎手が拾って履いている、というのは実話だそうだ。そのブーツとドーサン号が、オーバーラップした。

中央の馬と地方の馬では、まず馬体がちがう。飼い葉(エサ)の質がちがう。付けている鞍の質もちがう。地方の馬でも、中央の足元をすくう事はあるけれど、所詮はレベルが違うのだ。だから、このレースでは、エイシンドーサン号の負けっぷりこそに、見どころ・見応えがあり、真実もあるんだ。
レース当日。出走馬は12頭で、9歳馬のドーサン号は12番人気だった。1番人気は横山典弘の乗る中央馬・カイトヒルウインド。ファンファーレが鳴り、枠入りが始まり、発走体制完了。ゲートが開いた。こういうレースの場合、コアな高知競馬ファンは、ヤケクソのように初めから騒ぎまくる。後方からレースを進めるドーサン号に送る声援に力がこもった。「行けえええ~、エイシンドーサン」「ドーサン、やっちゃれー!」
結果、エイシンドーサン号はエアピエールの9着だった。人気のカイトヒルウインドは6着。だが、ドーサン号は泥だらけになりながら、地方馬2頭・中央馬1頭を、けなげにも抜いてきた。中央の馬には10馬身も先着した。よくやった。調教師は、馬が能力の全てを出せるように調教した。騎手は、完璧な乗り方をした。レースの流れも悪くなかった。馬も精一杯走った。だから、これでいい。力がちがうとは、こういう事だ。環境がちがうとは、こういう事だ。だが、こういう戦いも積み重ねれば、一矢報いることもある。さあ、高知に帰ろうや。帰路に向う「ほろ馬車」こそが、金のないサムライたちの乗る車だ。「金のない」に大した意味はない。「サムライ」に意味がある。
石井の書いた連載は、少なからぬ人たちに影響を与えた。「竜馬の土佐」という土地柄もあったにちがいない。高知県と高知市は、2003年に競馬場に対し、「武士の情け」とも言える処置を施す。県議会は「即刻廃止」から、「黒字経営に転換させる事を条件に、現在の負債88億円は、県と市が肩代わりする」という方向に転換する政治決断を下した。雇用の問題もあっただろうが、これで競馬場の金利負担が一切なくなった。もしかしたら、ほんとうに高知競馬は存続できるかもしれない。関係者に一縷の希望がわいた。
石井は連載を続けていた。そして、2004年6月、高知新聞に「1回はぁ、勝とうな」と書き込みの入った1枚の写真が載った。この写真が、その後のハルウララ・ブームを作っていくことになる。(つづく)


2016年4月2日土曜日

被子植物と虫類と鳥類の連なる生命 そして高知競馬場←は?

小学校の時に、被子植物は虫が好む形と匂いを発する花をつけ、虫を介して受粉する仕組みを知って驚いた。なぜなら花は、あらかじめ虫の存在と、虫たちの好み・行動を知っていた事になるからだ。
これが不思議でたまらなかった。だが教師連中は一人として、この問題に疑問を感じていなかった。不思議に思わないのか?ダメだ、こいつらの低俗な頭じゃ。そう思った うどんさんは市立図書館に行って、いろんな本を調べてみた。だが、そんな事を書いている本は一冊もなかった。当時の図書館は、児童室と一般室が分かれていて、小学生が一般室に入ると、「こっちは子供の来る所じゃない」と言われて追い出されたので、職員を説得するのが一苦労だった。
大人になってから、さらに被子植物は鳥類が好む味の果実を付け、その果肉の中に種子を忍ばせ、わざと鳥に種入りの実を食わせて、遠方に種子を運ばせるという事を知って、2度びっくりした。種子の胚は、鳥類の強烈な消化器官でも消化されないように、固い種皮に包んである。糞と共に排出された種は、発芽に必要な糞の豊富な栄養分にくるまれる。
ああ、なんという事だ。被子植物は、鳥の嗜好・行動・内臓器官の仕組みまで知っている!だが、大人になって検索能力があがっていたにも拘わらず、これらの疑問を解き明かす内容が書かれた本を探すことはできなかった。これらは自分で思索するしかない。
それから長年たって、ある日とつぜん心づいた。「そうか、分かった!被子植物と花粉を媒介する昆虫と種を運ぶ鳥たちは、体は分離独立しているが、本来ひとつの生命体でもあるんだ。個別的生命と総括的生命、ああ、なんて自由自在な生命だろう!」 もちろん、こんな突拍子もない、何の説得力もない説を信じる人なんて一人もいないだろう。だが、この説は 自分を納得させるのに十分だった。うどんさんは嬉しくなった。後年、海外で被子植物と虫は情報交換をしているという学説が出たが、そんな学説は どうでもよかった。
5年前、東北大学の田村宏治教授らが、鳥類の祖先は爬虫類ではなく恐竜である事を決定づける証拠をつかんだ。これまでは、恐竜の前肢が「親指・人差し指・中指」であるのに対し、鳥類の前肢(翼にある指の名残)は「人差し指・中指・薬指」なので、「鳥類の祖先は恐竜ではなく、爬虫類」とする説が有力だった。それが今回の発見で、これまでの説は誤りであり、鳥類の前肢も恐竜のそれも同じ仕組みであることが分かった。これで150年間も続いてきた鳥類の祖先論争はピリオドをうった。被子植物類と虫類、鳥類、これらは2億4千万年以上も続いている総括的生命体なのかも知れないね。そう思って鳥さんたちと遊んでいると、よけいに楽しくなる。
話を少し変える。カラスさん・ユリカモメさん・ウミネコさんは、うどんさんの とりわけ好きな鳥だ。これからの鳥たちは、進化に対し無限の可能性を秘めている。その適応性の凄さはどうだ。自然破壊されたフィールドでも平気で暮らしている。
(ユリカモメさん・冬羽)
とくにカラスさんの、野生でありながら人間文明の都合のいい部分を利用して生活する、いわゆる
シナントロピズムには学ぶところが多い。カラスさんから教えを受けた うどんさんは、人類ではない何者かになって、人間の作ったインフラ・貧乏住宅・web・魚屋・農家の産直・図書館・郷土資料館、そしてギャンブル場と酒を利用するSynanthrope(シナントロープ)になった(*^^)v 2億4千万年前から続く生命列環(造語です)に参加して、都市鳥のように生きる。これが なんとまぁ、快適でシアワセな人生を楽しむ方法であったのだ、自分にとってね。
(香川の白カラスさん・おやじ氏撮影)
でさぁ、香川で暮らせば、高知競馬場に時々行けるんだよね。2.000年以降、ギャンブル場廃止論が高まる中で、累積赤字88億円の、まっさきに潰れてもおかしくなかった高知競馬場。ところが、「弱者の大逆転」がおきる。Foinavon(フォイネーヴォン)が英国グランド・ナショナル大障害レースを大逆転勝利したようなものだ。売り上げが年間40億円を切っていた赤字製造機の超弱小競馬場が、今や120億円近くを売り上げ、多くの黒字を出している。
(3分24秒・日本語では「フォイネイボン」と言うらしい。騎手はジョン・バッキンガム。世紀の大落馬事故が起こった10秒後、はるか後方を走っていたFoinavonだけが障害を飛越していく)
高知競馬のトップたちは経営危機を脱する際、非常にフレシキブルな発想をした。都市鳥さんたちのようにね。地方の競馬場でありながら、中央競馬の都合のいい部分を利用した。競馬場のシナントロピズムである。中央競馬の最終レースで馬券を外した連中が、ネットで高知競馬のナイター・レースの馬券を買えるようにした。目玉は、高知最終レースに組まれる払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース」の3連単馬券。このレースには、勝鞍に見放されている馬たち(競馬新聞記者たちが選抜する)が出場する。中央競馬と、まったく逆の発想をした。
うどんさんは変態なので、「有り金ぜんぶスッて、不貞腐れて大の字になってギャンブル場の道路に寝ること」を理想としている。馬に自分の人生を投影しない。だが常識ある一般ピープルたちは、「最後は勝ちたい」と願っている。馬に自分を重ね合わせる。高知競馬のトップは、まんまと その人情につけ込むことに成功したんだ。
高知競馬の もうひとつの特色として、故障や成績不振でホームグラウンドを走れなくなった馬たちを引き取って走らせる場所というアイデンティティがある。走れなくなった多くの牡馬(おとこ馬)は、たいがい屠殺場に運ばれて、ニュー・コンビーフ・加工馬肉になる。これが経済社会だ。だが、馬主にしてみたら、もう少し余命を与えたい。それが、せめてもの慰みになる。競走馬の維持には お金がかかるけど、あと数年は南国の小さな競馬場で、のんびり余生の競争生活を送ってくれや、となる。ここ、高知競馬場の調教師たちは、業界で「再生屋」とも呼ばれているんだ。
かつで中央競馬などで活躍した大好きだった馬が高知競馬場に都落ちしたしたら、はるばる尋ねに行ってポケット・マネーで単勝馬券を買い、砂場場をドン尻でゴールする かつての自分だけの名馬に、惜しみない拍手を送る、なんていうのはステキだと思う。宗教的視野で観れば、「再生屋」を長くやっている篤行があったからこそ、絶体絶命の窮地から高知競馬は「再生」できたのだと捉えられはしまいか。だから、他の地方競馬場が高知競馬場の真似をしても、こんなには上手くいかないだろうと、うどんさんは思っている。

2016年3月26日土曜日

うわぁ~。社会の教科書みたいな文になってしまった><;

(コミケ本「涼宮ハルヒの誘惑」画像張り出し開始)
年度末の慌ただしさなんて言い訳になりません。「香川用水」高松市以東(農業専門用水区間)が農業にあたえた変化を書いていたら、高校社会の文章みたくなってしまった。幼稚で生硬(せいこう)。農家の事が、まったく分かっていないボンクラの書く駄文だわ、こりゃ。自己憐憫しました。はぁ、うどんって哀れな奴だにゃあ。
んだすけ、少し時間をおいて書き直す。農家の人が書いてた本を、まとめて再読してみるわ。そういえば山下惣一さん(佐賀の農家にして文筆家)が、「二条麦と六条麦の違いも分からん奴とは話をしたくない」なんて言ってたなぁ。この人は中学校しか出ていないので、いい文章を書く。いわゆる「有識者・インテリ・文化人」が、拾った知識(しかも間違ったもの)を羅列する文しか使えないのとは、対照的な文を書く人なのであります。
ちなみに、こうです。うどんさんは、かろうじて記憶にあったのだが、「話をしたくない」側の人間に入るだろうな。ああ・・・
んで、あらたな文が出来るまで、「ガールズ競輪」やら「高知競馬場と別府真衣騎手(2016.3.25時点で587勝・連帯率21.6%の鉄人女性ジョッキー)」、「香川の女性レーサーが強豪ぞろいの丸亀競艇場」(←なんか女性選手の事ばかり)、本年3月に突然廃止になってしまった船橋オートレース場の事なんかを書いていきたいなんて思っている。
2.000年を過ぎてから、全国で7つの競輪場・7つの地方競馬場が廃止になった。オートレース発祥の地・船橋では、選手会に何の知らせもないまま、突然レース場廃止が正式決定された。レース場で働く多くの従業員がいるのだから、不当な仕打ちだ。ギャンブル場に、会社更生法なんてものは無いのにさ。だが、これも時代の流れなんだろう。
個人的なことを言うと、うどんさんが自分の任務を遂行するためにはギャンブル場通いが必要だと感じている。理由のひとつは「バカは懲りない」という生き方を身に染みさすため。毎度オケラになっていても、ギャンブラーが挫折することは無い。カッコつけて言うと「ネバー・ギブアップ」。懲りずに、どこまでも生き続けていく。大学時代『パスカル著作集』全4巻を愛読していたが、パスカルの発想はギャンブルに通じていると思った。彼の「神の証明」なんて、まさにギャンブラーの発想である。破天荒で、よい。
もうひとつは「永遠の2分前」を生きること。地方公営ギャンブル場では、「投票締め切り2分前です」というアナウンスが流れても、投票券が売れている間は何分たとうが「締め切り2分前」なんだ。アナウンスから10分たっても「締め切り2分前」のまま。時間が足りず、窓口が閉じてしまったという事がない。これはいい。人生、何が起こるか分からないから。目的を達する前に死んでしまうかもしれないから。だが、この「永遠の2分前」を体得しておけば、タイムリミットは飴細工のように伸びていく。んで、任務遂行した時点で、きれいさっぱり、サヨウナラ。男は雷電、大往生。←意味不明
この地方公営ギャンブルのリズムに乗るため、うどんさんは毎日、体と感受性を鍛えている。感受性?どうやって? かつてラッシャー木村が「オレは猪木を倒すために、いろんな事をやっている」と言ったとき、記者にツッコミされた。「どんな事をしてるんですか?」 ラッシャー大兄は「腕立てとか腹筋をやってます」と答えた(爆) ま、こんなカンジのトレーニングだから期待しないで聞いてくれ。
朝、川辺を散歩するときに渡り鳥さんたちに撒き餌をしてる。ユリカモメさん・セグロカモメさん・ワシカモメさん・シロカモメさん・ただのカモメさん。もうすぐ北に棲み処を移す。コハクチョウさんたちは3月19日に旅立った。毎日トリさんたちと遊んでいると、お互いに顔を覚える。鳥の顔見知り。これは楽しいですよ。今度の冬に、また彼らがやってきた時、「やあ、しばらくだね」と会話ができる。遊んで感性が磨かれる。
そして月の明るい夜、里山を散歩してくる。樹木さんも虫さんも、今はまだ眠っているのが多いけれど、すぐに賑やかになる。春になれば、田んぼでカエルさんたちの大合唱が聞けるにゃ。月夜の散歩は、メゾチントの世界。昼とは全くちがった表情と雰囲気がある。 お化け、怖くないですか?うん、変態だから怖くない。だけど、これから活動しだす吸血昆虫のたぐいには、気をつけなくちゃいけない。彼らは「鬼(き)」の部類に入るからね。
具体的には、ノミ・ダニ・ツツガムシのような生き物。草の先端で、哺乳類が通るのを、じっと待っている。そして呼吸で排出される二酸化炭素をとらえると、とりつく準備をする。山歩きをするときは、肌を出していちゃダメだ。ツツガムシに刺されたら、運が悪けりゃ死ぬことだってありますから。
しかし、まあ、月の光に照らされた夜の森は美しいんだ。森に入る手前の道路を、山ネズミさんたちの行進してきて、歓迎してくれる。夜の森の女王さまは、フクロウさん。「オッホウ ゴロスケ ギャウ オッホウ」という鳴き声が聞こえたら、フクロウさんだ。いちど、足元から2メートルにも満たない距離に急降下してきて、小動物か何かを捕まえていった事がある。フクロウさんの大きさに感動したよ。その脚の、太いこと太いこと。姿かたちも、精霊みたいに見えるしね。夜の森は、感性を磨くのに、とてもいいんだ。これらがラッシャー木村の「腕立てとか腹筋」に値する。
こんな事やって、ギャンブルで勝てるようになりますか? 直接は関係ない。でも、このレースは荒れる、だとか、順当に収まるかなんて事は感じられるようになる。出目が死に目になるタイミングとかも、おおかた分かる。だから当たるって訳じゃないけどね。確実に言えるのは「レース予想の正解は、ひとつじゃない」って事。実力が拮抗しているとすれば、「10回レースを行えば、10回とも違った結果になる」。これを分かっていない人が多い。
竹井史香(ふみか)選手 A級2班 ホームバンク・高松競輪場 香川県出身 マーク屋
好きな食べ物「さぬきうどん」
だからギャンブルの予想は、理性じゃ出来ないと思う。理性で見えるのは、せいぜい4コーナーまで。事故も予想できない。ゴール板のところまで見切るには、レース場に流れている「雰囲気」をつかむことが必要になるんだ。そしてそれは、ささやかな金額を賭けている時にしか体感できない事が多いんですよ。


2016年3月19日土曜日

讃岐の龍神・香川用水を辿(たど)る①

高知の早明浦(さめうら)ダムから、徳島の池田ダム分水場へ流れた水は、分水工を通り8キロメートルある地下トンネルをくぐって香川に入り、県中を潤して、東かがわ市の宮奥池に抜ける。天下に誇る香川用水のルート。それを辿ってみたいと思います。そうそう、最初に申しておきますが、途中で脇道に逸(そ)れるのは必至。だって、丸亀市には競艇場があり、高松市には競輪場があるんですもの。じつは、うどんさん、ギャンブルが3度のメシより好きなのです。
大学時代から急に勉強好きになった。いちばん熱心にやったのが競馬の勉強。なんと、うどんさんの4年間の学費全ては、競馬でとったお金で払っていたのです。コレ本当(なんてふざけたヤツだ)。國學院大學はJRA渋谷場外馬券売り場のスグそばで、立地条件がいい。生活費等も含めて、親からは1円も貰わなかった。だから今でも、競走馬を見ると「大学を出してくれた大恩人(馬)」として手を合わせます。のっけから話がソレました。行きます。
西日本一の規模を誇る早明浦ダムの底には、かつて大川村主要部だった土地が沈んでいる。ダム建設をめぐり、流域の本川村・大川村・本山町の3町村の置かれた立場は、それぞれ異なった。
水に沈む大川村だけが、何のメリットもなかった。ダム建設が決定してから、村の人たちは反抗心を示すため、水没予定地に3階建ての村役場を新築したそうだ。村長は、建設省の役人に村役場の敷居をまたがせなかったという。このダムに水没した大川村の世帯は387世帯。建設後、ダムが渇水するたびに、旧・役場が怨念のような顔を出す。それを見る者は、なんとも複雑な気持ちになるのです。偉業の影には、どうしても犠牲やら、ドロドロしたものがが付きまとう。これを忘れる事なかれ。では、このことを頭に入れておいて、現地まで行ってみましょう。
国道439号線は吉野川(四国を横断する大河川)を跨(また)ぎながら走る。あまり知られていないが、この吉野川より南側は、海洋プレートが隆起してできた土地。北側は、大陸プレートの土地。だから四国は、南と北で雰囲気が大きく異なるんだ。この国道は、大陸プレートと、かつての海洋プレートの上を交互に走れる稀有な道路です。山の稜線が美しいですね。
おお、デカいダムですね~。「四国の水瓶」とも「四国のいのち」とも言われているダムで、四国四県で使われる水が、この一ヶ所にあるとも言える。総貯水量3億1,600万立法メートル。これは東京都の水瓶・狭山湖ダムの15、3倍の貯水量です!じつは、うどんさん小学校低学年の時からダム・フリークス。ルーツは黒部ダムだった。黒部ダム建設時の殉教者は170余名にのぼる。ダムは、まさに命がけで造る。合掌。
香川県全域分の水(早明浦ダム使用水量の3割)と吉野川北岸農業用水が、このダムから、徳島にある「四国のかなめ」池田ダムへと送られている。くびすを返して徳島へ。このダムで、2県分の水が分水される。香川用水の起点です。ここには階段式魚道があり、ダムに流れ込んだ流木を粉砕して堆肥化させ、農家に無料配布するなど、取り組みもユニーク。このダム湖を跨いでいる、女性的な景観の、美しい大架構梁がある。世界初の両側同時張出しによるトラス(単位三角形構成)工法によってアーチ部を架設のしたもので、名前も「池田へそっ湖大橋」と、ユニークだ。この橋の基本設計をしたのは、望月秀次・安藤博文の日本道路公団四国支社建設部に籍を置く両氏。うどんさんは大の橋フリークスでもある。ルーツは隅田川橋梁群。では、香川に入りますよ。
池田ダムから送られた水は、導水トンネルを通って「香川用水記念公園」(三豊市)の東西分水工で分かれ、西部幹線に送られた水は観音寺市を受け持つ。香川用水の農業用水配水の仕組み例は、こうだ。田植え用水は、まず地元の溜め池の水を利用する。孫池の水が少なくなると、子池から水を補給。子池の水は親池が補給する。そして田植え後、親池に香川用水が水の減少した分を補水する。節水が徹底されてますね。
東部幹線は同じく三豊市の「香川用水調整池(宝山湖)」付近の神田分水で、高瀬支線を伸ばす。ここの支線は、三豊市を受け持つ。こんな感じで、幹線水路は次々に水を送っていく。 ああ・・・ちょっと疲れた。ここまで調べるのに結構時間がかかった。
脇道に逸(そ)れます。気晴らしに、得意分野の話を書く。仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)、通称「こんぴらさん」。「玉藻集(たまもしゅう・讃岐の名所・古跡を詠じた江戸時代の和歌集)」に3.000年前からあると書かれる(3.000というのは実数ではなく、単に「大きな数字」の意味だと思う)この社(やしろ)は古くから参詣者が多く、本州からも参詣専用船に乗って、多くの人が訪れていた。その船を「金毘羅船(こんぴらぶね)」と言った。
金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり) 象頭山(ぞうずさん)
金毘羅大権現(だいごんげん) いちど まわれば
(以下、この歌詞の繰り返し。その後accelerando←早くなって、終わる。)
この唄のレコードには、5番まで歌詞のあるものがあるが、後世の付け加えで、元唄にはこの歌詞しかなかった。うどんさんは戦前の日本民謡研究もしていたのだが、この歌の歌詞だけは日本全国どこに行っても同じだそうだ。お座敷遊び唄であるが、老若男女いずれにも有名で、小さい子どもまで知っている。おそらくは参詣帰りに、丸亀あたりで芸者遊びした旦那衆が覚えて、自分の土地に持ち帰り広めたのだろう。(←いちおうの得意分野)
んで、何を書きたかったのかと言えば、この「こんぴら船々」が丸亀競艇場の舟券発売締め切り合図の音楽として使われている事だ!(←真の得意分野) 締め切り3分前からアッチェレランドが始まり、テンポが速くなっていく。おいおい、そんなに せかすなよ。2分前、女性の事務的な声で「この音楽が鳴り終わりますと、投票窓口を締め切ります」という無情なアナウンスが流れる。おい、まだ舟券買ってねぇってば!焦れば焦るほど、ツキが遠くに行っちまう。サイフは、どんどん軽くなっていく。そして最終レースに有り金全部つぎ込まねばならぬという、いつものパターンになる 。結果はいつも同じである。今日もオケラになってしまった。もう、帰りの電車賃も無い。また空腹に耐えながら、6時間歩いて帰るのか・・・不貞腐れて、道路に大の字になって寝る。これがサイコーに気分いい。富にも権力にも拠らない、ほんとうの自分になれる。これが簡単に出来るのは、ギャンブル場だけだ。帰り道、澄んだ星空に闘志が燃える。今日の仇は、次の開催日で討つ!ああ、まったく懲りることが無い。
♪~金恋し 腕節痩せねど サイフは空にて 今宵も更けゆく♪~ (「金恋し」石田一松・「君恋し」のメロディーで)
丸亀 舟券
生活費に手をかけ 修羅シュシュシュ
まわれば 四国は
高松競輪 高知競馬に 丸亀競艇場
いちど回れば スッテンテン

地方公営ギャンブルって1年365日、ほぼ毎日やってるんですよ。おお、オソロシイ。←香川用水どこ行った。(次回につづく)