2014年5月24日土曜日

Green birds fly(Tibetan song).New photos movie for Ayaka was already uploaded on you tube.チベットなクラナド,アップしました

"Green Birds Fly" Tibetan folk song in Shangri-La(Xianggelila).
シャングリラ県のチベット民謡「緑鳥飛」です。

Sung by Chingdrol Dolma,Tibetan in Shangri-La.Sorry, I cannot translate Tibetan into another language. 歌っているのはChingdrol Dolmaさんという香格里拉(Zhongdian County)のチベット人。北京の音大に在学中の女子大生!チベット族は、女性は美女・男性はイケメンと相場が決まっていて、けしからんです。中国の歌手・Non-Han(少数民族)の中ではモンゴルのWulan Tuoyaさんと並んで最大注目の人物ではないかと思っているうどんさんです。

彼女が育ったのはシャングリラ県の山奥なので、声がやたらデカいのです。道で出会った知人には、何十メートル離れていようとも世間話がはじまるので、この声の大きさが身についているのでしょう。スタジオレコーディングの時は、よっぽどボリュームを絞らないと針が振り切れてしまいそうです。それはさておき・・・

うどんさんが英語を習っているマッキー先生はシャングリラ県を訪れた事があるというので、その印象を書いてもらいました。


 Shangri-La(Xianggelila) is a cozy village often referred as Utopia, 
which lies in Tibetan autonomous region of Yunnan district in China.

Since Shangri-La is about above 3,200 meters above the sea level and therefore 
we can see some rare beautiful alpine plants.
 In Yunnan district, 
Shangri-La is the utmost place where we can feel the Tibetan manners customs there, 
especially Songzanlinsi Temple reminds us of Putala Palace in Lhasa,Tibet Autonomous Region.

A bit far from such a sight, we can see the Tibetan people’s life that has been 
taken over several centuries even though they already have modern infrastructures.

Shangri-La lets us flash the old days across our mind:a hometown or rural area in childhood 
where have beautiful sceneries and simple traditions,which cannot be substituted for anything.


シャングリラは中国雲南省デチェンチベット族自治区にある桃源郷と称される美しい町です。
標高が高く、近隣の国立公園では珍しい高山植物を見る事もできます。

雲南省の中でも、特にシャングリラはチベット族の文化が非常に色濃く感じられる地域で,
松賛林寺はラサ(チベット自治区)のボタラ宮を彷彿させます。

観光地から少し離れた場所の集落では、電気、水道、ガスが通り近代化されながらも
旧来の風習を脈々と引き継ぐ人々の暮らしを垣間みることができます。
風習、自然の素朴な豊かさは何にも替えられないものだと改めて感じさせてくれる街です。

現代的なアレンジのなされている曲ですが、いろんな国の音楽に通じるところがあって奥深い音楽です。Aメロだけをくりかえしていく古謡。戦前の日本民謡にも共通するものを感じます。


I love traditional music,haha. 昔の民謡が大好きという時代感覚がズレまくっているうどんさんなのであります。わはははは。




2014年5月18日日曜日

次作はチベット民謡でいきます


今月下旬にアップ予定の亜矢香フォトムービーはチベット曲を使います。しかしこのチベット語というのが実に問題でして、うどんさんには全く読解できません。

多くの曲は単純な歌詞内容で、風景の美しさとか人の心の豊かさを歌っているようなのでございますが、うどんさんには「う~む、チベット文字だ・・・」という以外、何も分からないのです。だが、曲が本当に素晴らしい。

チベット音楽は豊穣で、その魅力にはまり、すでに数千曲聞きました。惜しむらくは現在チベット自治区の置かれている立場から、コスプレムービーの音楽には使いにくいのです。

そこで雲南省の西北にある「香格里拉県」(中国語発音は「シャングウィラァ」でシャとラを強く読みます)の民謡を使います。ここはチベット族が固まって住んでいる地域で写真や映像で見る香格里拉は、夢のように美しいのです。奥入瀬渓流みたいな所さえあります。

日本では「チップス先生さようなら」で有名なジェームズ・ヒルトン。シャングリラ (Shangri-La) というのは、彼が書いた「失われた地平線」に登場するの理想郷の名前。この小説の影響により「理想郷」の事を"Shangri-La"と呼ぶようになりました。

チベットの奥地に不時着した飛行機の乗組員は、まわりの光景の美しさに見とれて死ぬのも忘れてしまうのです。21世紀になってから、この小説にあやかって「チョンティエン県」から改名した「シャングリラ県」。願わくはチベット族にとっても他民族にとっても理想郷であってほしいと」願っているうどんさんであります。


では、また。


2014年5月4日日曜日

連休の一日


今日は日本語を教えているインドネシアンファミリー(といっても旦那さんは日本人)に食事を招待して頂きました。ハラル・フーズ(イスラム教徒向けの食事)をやっている店などありませんので、彼らがよく利用するという中華料理店に誘われました。スタッフは皆、中国人。


食事の前に温泉に行って、湯上りに奥様から足つぼマッサージをしてもらいました。彼女はインドネシアで美容室を経営していた時、お客さんに本格マッサージも施していたという経歴の持ち主で、その技術たるや合気道の塩田剛三なみ!うどんさんはわずか1分で畳をタップしてギブアップ。これ、プロレスの必殺技になるんちゃうか?


それはさておき、Canting(料理店)で聞いたインドネシアの話は「ものの本」に書いてあることと全然違っていて面白かったです。書きたいことはいっぱいあるのですが、こういう事はあまりバラさないほうがいいのかも知れませんね。


6か月前、中国人に中国語で話しかけたら「ワタシ、ニホン語、ワカリマセーン」と言われたうどんさんの中国語が通じるようになりだして嬉しいです。明日から上北町に出張です。


Sampai jumpa lagi.(では、また)



2014年4月26日土曜日

Have I kept you waiting? My new photo movie for Ayaka(Cosplay Zero-Louise) was already uploaded on you tube.お待たせしました。亜矢香のルイズ・コス フォトムービーをアップしました。


【JP.Cosplay】月光下的鳳尾竹(A moonlit bamboo grove)
月下の鳳竹林


さてさて、スランプ状態で作ったフォトムービーですが、いかがでしょうか?


自分では出来具合がよく分からないのです。常識のある人間なら落ち込まねばならない状況なのですが、能天気うどんは動画もアップもしたことだし今日は一升瓶たなって(持って)ヤマザクラの花見に行こうなんて浮かれている始末。


花見の醍醐味(だいごみ)は、茶わんに注いだ日本酒に桜の花びらを浮かべる事であります。つまみは うるさい事言わず、体に悪い魚肉ソーセージでも何でもいいのです。


うどんさんはソメイヨシノよりも、若葉と紅い花が一緒に顔を出すヤマザクラが好きです。感覚が人より200年~2.000年遅れてます。If I were asked to explain the Japanese spirit, I would say it is wild cherry blossoms glowing in the morning sun.(しき嶋のやまとごころを人とはば 朝日ににほふ山ざくら花)。むふ。


そして本当の事を言うと、こんな古い感覚で亜矢香のファンサイトを運営していることに、いつも申し訳なさを感じているのであります。(だが、こういう事しか出来ない)



2014年4月16日水曜日

Potential to overcome a slump / スランプを乗り越える力

I have been in a slight slump and unable to make photo-movies of Ayaka Matsunaga.I wonder which picture to pick up or how to design layout and so on, therefore, I have got around to complete videos.It may be because I have been working on too many tasks and stuffs or may be beyond my capacity.

うどんさんは現在、軽いスランプ状態にあって、松永亜矢香のフォトムービーが作れずにいます。どの写真を選んで、どのように並べたらいいのか迷ってしまい、製作が進んでいきません。現在の生活において色々な仕事をやりすぎているのが原因かも知れません。たぶん、うどんさんの能力の限界を超えてしまったのでしょう。


I am not so seriously worried about my present surroundings, however.It is because I know how to deal with this kind of situation.I have been dealing with one by one steadily.As I improve ability, then the problems will be solved gradually.

しかし能天気うどんは深刻に悩んだりしてません。その対処法を知っているからです。今は数ある仕事に、ひとつずつ丁寧に取り組んでいます。能力が上がりさえすれば問題は解決するというのが、うどんさんの確信です。


Moreover, all the tasks are of my interests.So, I believe in my potential to overcome my slump;what one likes, one will do best.

どの仕事も、うどんさんが好きでやっている事です。嫌々やっているものは一つもありません。だからこそ自信があるのです。スランプを乗り越えるのは「好きの力」なのです。


Appreciate your understanding to my current condition, and hope you look forward to the completion of Ayaka's photo-movies in a while.

亜矢香のフォトムービーは近いうちに出来上がるでしょう。それまでみなさん、まっててね。


2014年4月8日火曜日

My Indonesian friends イスラムの友だち


亜矢香のフォトムービーをyou tubeで作り始めてから、強く望んでいたいたのが「イスラム教徒の友人が欲しい」という事でした。ネットのお友達ではなく、実際にちょくちょく会える人で、できればインドネシア人がいいですなどと都合のいい祈念を、ずっとしていました。今日はその願いがかなったというお話です。


希望の動機から書きましょう。イスラム圏の音楽は実に美しく、深い魅力に満ちています。しかしそれらでコスプレのフォトムービーを作るには様々な問題をクリアせねばなりません。最大の難関がイスラム教徒に、どういう心象を与えるかなのです。まず、それを知りたかった。

次にインドネシア人がいいというのは、ここがイスラム国の中で最も寛容で、かつ他宗教との交流をしている稀有(けう)な国だからです。全然ちがう宗教の人が仲良く暮らしている世界平和模範の国・インドネシアは数百の人種と300以上の言語を持ちながらも、バハサ・インドネシア(インドネシア標準語)がどこに行っても通じるという、世界最大のイスラム国家なのです。


うどんさんが友達になった人はインドネシアから日本にお嫁さんに来た人で、小さな製麺所の若女将(わかおかみ)です。同じ信仰をしている同志がいない田舎の町で、けなげに暮らしています。中学3年生になる息子さんがいて、不肖うどんめが、いま彼に受験勉強も兼ね国語や公民を教えているのです。わはははは。んで、彼からはインドネシア語と印尼文化を教えてもらっています。彼もイスラム教徒で母語はインドネシア語。ああ、願ったり叶ったりです。


彼女と知り合ったのは去年の朝市です。「あ~!あのお店に南方系の顔の人がいる。」と思ったのですが、小心者のうどんさんは中々行動に移せないでいました。その時、いつもポシェットに入れている亜矢香の写真から「おい、うどん。あの店に行け」との霊波が・・・


「もしも日本人だったら、どうしよう」という心配があったので、その小柄で可愛く正直そうなご婦人には「日本人の人ですか?」と声をかけました。すると「インドネシア人です」との回答。すかさず「オ~!スラマッ パギ~!(おはようございます)」

言葉というのは、すばらしいです。あいさつの一言で、心が打ちとけるのです。これは本当に、そう思います。そして、そこから会話はいくらでもつながるのです。うどんさんは、この人に毎週のように会いに行き少しづつ会話を重ねていきました。


ある時、その店にインドネシアに仕事で1ヶ月滞在していたというオヤジが来て「インドネシアの料理は不味い」などと不仕付けな事をぐだまいて(放言して)いたので、うどんさんはインドネシア料理がいかに美味しいか、素晴らしいかを力説しました。そんな事があると親密の度合いがグッと増します。


うどんさんは国際交流など全く縁のない暮らしをしていた凡人でした。それがyou tubeで松永亜矢香のフォトムービーを作るようになってから、外国人の友人が何人もいる凡人へと成長したのであります。あ~、ありがたや。


One of my dreams has come true! I made friends with an Indonesian.She came to Japan to marry a Japanese man, and now she is running a small noodle-making factory.She lives in a rural area where no one  is faithful in Islam.Her husband believes in Buddhism on the other hand.

She has a 9th-grade boy, and his name is Key(read as "Kei")and his mother tongue is Indonesian.Now I teach him Japanese and Sociology while he teaches me Indonesian(Bahasa Indonesia) and its culture.After starting to make the photo videos of Ayaka Matsunaga on you tube, I came to make friends with foreign people like this.




2014年3月23日日曜日

Haikus of cherry (Ohtsuka Kohzan 1880~1911) 大塚甲山 桜の俳句


うどんさんの新たな仕事・現在建設中の新サイトについて少々述べておきます

青森県は天才詩人の宝庫。その中でも最高の詩を書いていたのが大塚甲山(おおつかこうざん)という明治時代の詩人です。この天才詩人は31歳の若さで劇的な人生を閉じました。それなのに全国的には全く無名であります。この原因は出版業界の事情と、彼の作品を解説したり口語訳する人が一人もいなかった事に因ると、うどんさんは考えています。


甲山の事を書いた本は無くもないのですが、どの本も彼の生涯と社会主義運動のことばかり書いています。それはそれで、いいのだけれど、一言で言うとそれだけでは「この本、誰が読むの?」って感じになってしまうのです。(一生懸命書いてくれた著者の皆さま、すいません)


うどんさんが、やろうとしている仕事は大塚甲山の作品を、中学生が読んでも、左官屋のにいちゃんが読んでも、掃除のおばさんが読んでも分かるように翻訳・解説していこうというものです。英文も駆使して、大塚甲山を世界に宣揚しようという試みです。とにかく、より多くの人の目にに甲山の作品を触れさせるです。これは松永亜矢香のフォトムービーを作っていたうちに身に付いたノウハウを、応用したものなんですよ。


さっと散り また さっと散る 風の花
「桜の花が風に舞いながら さっと散り また さっと散る 桜の花は風の花だ」
Cherry blossom petals were whirling and gone It is a flower gone with the wind

暁(あかつき)の 雨に人なし 花の山
「雨の降っている朝 草刈りの人もいない 桜の咲く山には」
No mower at the mountain where cherry blossoms are blooming in the rainy morning

茶を呼べば 鳩(はと)なく店の 桜かな
「茶屋(ちゃや)で注文したら 鳩が鳴いた ここは桜の咲くお店」
When asking for some tea, a pigeon cooed for replying me This is a tea stall where cherry 


風呂に汲む 水に花うく 山家(やまが)かな
「山家だなぁ 風呂に水を張る桶(おけ)の中に桜の花びらが浮いている」
Cherry petals floating on a bucket of filling a tab

鱒(ます)釣(つり)の 岸に終日 落花かな
「鱒を釣っている湖の岸辺に 桜の花びらが一日中散り そして浮かんでいる」
Cherry petals falling and floating on the lake shore where anglers fish trouts

山桜 水音(みずおと)遠く 聞こえけり
「遠くに山桜が咲いている 小川の音も遠くから聞こえてくるよ」
Wild cherry blossoms are blooming, some babbling of a brook can be heard in the distance



渡し場や 人なき舟に ちる桜
「渡し舟の発着場にある舟には誰も乗っていない その舟の上に桜の花びらが散っている」
No one board on a boat at the wharf   We can see some cherry petals scattering over a boat

花ちるや 物思い居(い)る 膝(ひざ)の上
「桜が はらはらと散っている 小さな子が物思いして母の膝の上に座っている」
Cherry petals fluttered down to the ground  A little child in thought is sitting on his mother's knee

汽笛(きてき)鳴って 桜散るなり 小停車場(こていしゃば)
「汽笛が鳴って停車場の桜の花が散っていく 上北の駅」
The whistle blows at Kamikita station, there still falls cherry petals.



きれいな俳句でしょう?みなさん、こんな美しい俳句を見たことがありますか?
出典は「方廂(かたびさし)」とうい甲山の俳句集です。この本(というか雑誌というか)は甲山の出身地上北町に隣接している七戸町の人がその昔、ガリ版刷りで印刷出版したものです。

それから、どうしても触れなければならないのが、大塚甲山の作品と寺山修司作品の関連です。これを書いた文章は少しむずかしくなってしまったのですが、少しだけ紹介しておきます。


文学少年・少女なら、これらの句を読んで寺山修司の詩文を連想した人もいるのではないかと思います。青森県は天才詩人の宝庫。その中にあって修ちゃん(寺山修司)は、自分が最上位の詩人であると自負していました。彼の『百年たったら帰っておいで』という本のタイトルは「自分は百年に一人の天才だ」という自意識の表れです。

If you were a literary youth, you might have imagined poems of Shuji Terayama(寺山修司) after reading these Haikus.
Aomori prefecture is one of the treasure houses of genius poets.Among them, Shuji Terayama was outrageously confident of his talent as a poet. The title of his book "Come back after 100 years" (『百年たったら帰っておいで』)indicates that he was so self-confident that he was a sole genius in 100 years.  



世の中には修ちゃんの事を書く人が多いのですが、ほとんどが彼の本質の一面しか捉(とら)えていないような気がします。寺山の本質をいちばん正確に、鋭くとらえていたのは作家の山口 瞳さんで、「寺山の特質と異端(いたん)は、短歌というリアリズムの世界の中にドラマを取り入れたことにある」と追悼文(ついとうぶん)に書いていた事がありました。

There exists many critics making reviews about Shuji Terayama, but most of them are misleading because of misunderstanding.The best critic who grasped his essence was Hitomi Yamaguchi, (山口瞳) delivering a eulogy for Terayama, saying that his characteristics and unorthodoxy were derived from the introduction of drama into Tanka(short poems),works with realism.


(中略)さて、では寺山のドラマツルギー(ドラマの構成・お話をドラマにしていく方法論など)は、どこからきたのか?また、気づいている人は少ないのですが、彼のあの、例えようもない詩の美しさは何処(どこ)から来ているのかを考えてみたいと思います。(中略)寺山の生前、青森県の詩人を5人あげれば誰々になる?っていう話のときに、彼は大塚甲山を入れていました。

Well, then where does Terayama's Dramaturugy (drama's composition, drama's making method) come from? Where does the beauty of his poems come from?I would like to make some objective interpretation first and then add my own interpretation here.
During Terayama's lifetime, he cited Kozan Otsuka(大塚甲山) if he was asked the best five poets of Aomori prefecture.

この文章の後に書いてある中核部分は紙面の都合で省略します・・・すいません。


・・・では、寺山はどのように自分の過去を脚色していたか。ひとつだけバラシておきますね。
...One additional tip about Terayama;how Terayama dramatized his past.

修ちゃんは『誰か故郷を思わざる』の中で、自分は母親の束縛(そくばく)から逃(のが)れ東京に行くため、風呂桶をたなって(抱えて)「風呂(銭湯)さ行ってくる」と言い残し、そのまま駅に行き東京行の汽車に飛び乗ったと書いてあります。これはまったくの作り話なんです(ほとんどの読者がこの話を真に受けているのも、彼が夢語りの天才だったという根拠になると思います)

Terayama wrote in his work "Tare ka Koyko wo Omowazaru(Who can neglect their own hometown)?" that Terayama wanted to tied down by his mother, so he jumped on the train after telling her he was going to a nearby public bath. It is a total fiction, however, most of the people believe in this story.

寺山の初めて上京(東京に行く事)は、面白くも何ともない話ですが「早稲田大学受験」のためというのが事実であります。(とっぴょうしもない脚色でしょう?)まぁ、作家というものは話を面白くするために、こんなフィクションもたくさん書くものなのですよ。みなさん、参考として覚えておいてくださいね。

Actually, the reason Terayama went to Tokyo was, as of common sense,to take  an entrance exam of Waseda University. Then, why was the fiction so wide spread?  Remember, poets/writers write fictions to make stories more exciting, more interesting.


・・・以上、こんな感じなんですが、うどんさんが今後どんな論文を書くことになろうとも、その根底には、いつも松永亜矢香への思いがある事を分かってくだされば幸いです。
それでは皆さま、また来週お会いしましょう。
(来週は上北町出張のため、更新が数日遅れます。)