2016年3月26日土曜日

うわぁ~。社会の教科書みたいな文になってしまった><;

(コミケ本「涼宮ハルヒの誘惑」画像張り出し開始)
年度末の慌ただしさなんて言い訳になりません。「香川用水」高松市以東(農業専門用水区間)が農業にあたえた変化を書いていたら、高校社会の文章みたくなってしまった。幼稚で生硬(せいこう)。農家の事が、まったく分かっていないボンクラの書く駄文だわ、こりゃ。自己憐憫しました。はぁ、うどんって哀れな奴だにゃあ。
んだすけ、少し時間をおいて書き直す。農家の人が書いてた本を、まとめて再読してみるわ。そういえば山下惣一さん(佐賀の農家にして文筆家)が、「二条麦と六条麦の違いも分からん奴とは話をしたくない」なんて言ってたなぁ。この人は中学校しか出ていないので、いい文章を書く。いわゆる「有識者・インテリ・文化人」が、拾った知識(しかも間違ったもの)を羅列する文しか使えないのとは、対照的な文を書く人なのであります。
ちなみに、こうです。うどんさんは、かろうじて記憶にあったのだが、「話をしたくない」側の人間に入るだろうな。ああ・・・
んで、あらたな文が出来るまで、「ガールズ競輪」やら「高知競馬場と別府真衣騎手(2016.3.25時点で587勝・連帯率21.6%の鉄人女性ジョッキー)」、「香川の女性レーサーが強豪ぞろいの丸亀競艇場」(←なんか女性選手の事ばかり)、本年3月に突然廃止になってしまった船橋オートレース場の事なんかを書いていきたいなんて思っている。
2.000年を過ぎてから、全国で7つの競輪場・7つの地方競馬場が廃止になった。オートレース発祥の地・船橋では、選手会に何の知らせもないまま、突然レース場廃止が正式決定された。レース場で働く多くの従業員がいるのだから、不当な仕打ちだ。ギャンブル場に、会社更生法なんてものは無いのにさ。だが、これも時代の流れなんだろう。
個人的なことを言うと、うどんさんが自分の任務を遂行するためにはギャンブル場通いが必要だと感じている。理由のひとつは「バカは懲りない」という生き方を身に染みさすため。毎度オケラになっていても、ギャンブラーが挫折することは無い。カッコつけて言うと「ネバー・ギブアップ」。懲りずに、どこまでも生き続けていく。大学時代『パスカル著作集』全4巻を愛読していたが、パスカルの発想はギャンブルに通じていると思った。彼の「神の証明」なんて、まさにギャンブラーの発想である。破天荒で、よい。
もうひとつは「永遠の2分前」を生きること。地方公営ギャンブル場では、「投票締め切り2分前です」というアナウンスが流れても、投票券が売れている間は何分たとうが「締め切り2分前」なんだ。アナウンスから10分たっても「締め切り2分前」のまま。時間が足りず、窓口が閉じてしまったという事がない。これはいい。人生、何が起こるか分からないから。目的を達する前に死んでしまうかもしれないから。だが、この「永遠の2分前」を体得しておけば、タイムリミットは飴細工のように伸びていく。んで、任務遂行した時点で、きれいさっぱり、サヨウナラ。男は雷電、大往生。←意味不明
この地方公営ギャンブルのリズムに乗るため、うどんさんは毎日、体と感受性を鍛えている。感受性?どうやって? かつてラッシャー木村が「オレは猪木を倒すために、いろんな事をやっている」と言ったとき、記者にツッコミされた。「どんな事をしてるんですか?」 ラッシャー大兄は「腕立てとか腹筋をやってます」と答えた(爆) ま、こんなカンジのトレーニングだから期待しないで聞いてくれ。
朝、川辺を散歩するときに渡り鳥さんたちに撒き餌をしてる。ユリカモメさん・セグロカモメさん・ワシカモメさん・シロカモメさん・ただのカモメさん。もうすぐ北に棲み処を移す。コハクチョウさんたちは3月19日に旅立った。毎日トリさんたちと遊んでいると、お互いに顔を覚える。鳥の顔見知り。これは楽しいですよ。今度の冬に、また彼らがやってきた時、「やあ、しばらくだね」と会話ができる。遊んで感性が磨かれる。
そして月の明るい夜、里山を散歩してくる。樹木さんも虫さんも、今はまだ眠っているのが多いけれど、すぐに賑やかになる。春になれば、田んぼでカエルさんたちの大合唱が聞けるにゃ。月夜の散歩は、メゾチントの世界。昼とは全くちがった表情と雰囲気がある。 お化け、怖くないですか?うん、変態だから怖くない。だけど、これから活動しだす吸血昆虫のたぐいには、気をつけなくちゃいけない。彼らは「鬼(き)」の部類に入るからね。
具体的には、ノミ・ダニ・ツツガムシのような生き物。草の先端で、哺乳類が通るのを、じっと待っている。そして呼吸で排出される二酸化炭素をとらえると、とりつく準備をする。山歩きをするときは、肌を出していちゃダメだ。ツツガムシに刺されたら、運が悪けりゃ死ぬことだってありますから。
しかし、まあ、月の光に照らされた夜の森は美しいんだ。森に入る手前の道路を、山ネズミさんたちの行進してきて、歓迎してくれる。夜の森の女王さまは、フクロウさん。「オッホウ ゴロスケ ギャウ オッホウ」という鳴き声が聞こえたら、フクロウさんだ。いちど、足元から2メートルにも満たない距離に急降下してきて、小動物か何かを捕まえていった事がある。フクロウさんの大きさに感動したよ。その脚の、太いこと太いこと。姿かたちも、精霊みたいに見えるしね。夜の森は、感性を磨くのに、とてもいいんだ。これらがラッシャー木村の「腕立てとか腹筋」に値する。
こんな事やって、ギャンブルで勝てるようになりますか? 直接は関係ない。でも、このレースは荒れる、だとか、順当に収まるかなんて事は感じられるようになる。出目が死に目になるタイミングとかも、おおかた分かる。だから当たるって訳じゃないけどね。確実に言えるのは「レース予想の正解は、ひとつじゃない」って事。実力が拮抗しているとすれば、「10回レースを行えば、10回とも違った結果になる」。これを分かっていない人が多い。
竹井史香(ふみか)選手 A級2班 ホームバンク・高松競輪場 香川県出身 マーク屋
好きな食べ物「さぬきうどん」
だからギャンブルの予想は、理性じゃ出来ないと思う。理性で見えるのは、せいぜい4コーナーまで。事故も予想できない。ゴール板のところまで見切るには、レース場に流れている「雰囲気」をつかむことが必要になるんだ。そしてそれは、ささやかな金額を賭けている時にしか体感できない事が多いんですよ。


2016年3月19日土曜日

讃岐の龍神・香川用水を辿(たど)る①

高知の早明浦(さめうら)ダムから、徳島の池田ダム分水場へ流れた水は、分水工を通り8キロメートルある地下トンネルをくぐって香川に入り、県中を潤して、東かがわ市の宮奥池に抜ける。天下に誇る香川用水のルート。それを辿ってみたいと思います。そうそう、最初に申しておきますが、途中で脇道に逸(そ)れるのは必至。だって、丸亀市には競艇場があり、高松市には競輪場があるんですもの。じつは、うどんさん、ギャンブルが3度のメシより好きなのです。
大学時代から急に勉強好きになった。いちばん熱心にやったのが競馬の勉強。なんと、うどんさんの4年間の学費全ては、競馬でとったお金で払っていたのです。コレ本当(なんてふざけたヤツだ)。國學院大學はJRA渋谷場外馬券売り場のスグそばで、立地条件がいい。生活費等も含めて、親からは1円も貰わなかった。だから今でも、競走馬を見ると「大学を出してくれた大恩人(馬)」として手を合わせます。のっけから話がソレました。行きます。
西日本一の規模を誇る早明浦ダムの底には、かつて大川村主要部だった土地が沈んでいる。ダム建設をめぐり、流域の本川村・大川村・本山町の3町村の置かれた立場は、それぞれ異なった。
水に沈む大川村だけが、何のメリットもなかった。ダム建設が決定してから、村の人たちは反抗心を示すため、水没予定地に3階建ての村役場を新築したそうだ。村長は、建設省の役人に村役場の敷居をまたがせなかったという。このダムに水没した大川村の世帯は387世帯。建設後、ダムが渇水するたびに、旧・役場が怨念のような顔を出す。それを見る者は、なんとも複雑な気持ちになるのです。偉業の影には、どうしても犠牲やら、ドロドロしたものがが付きまとう。これを忘れる事なかれ。では、このことを頭に入れておいて、現地まで行ってみましょう。
国道439号線は吉野川(四国を横断する大河川)を跨(また)ぎながら走る。あまり知られていないが、この吉野川より南側は、海洋プレートが隆起してできた土地。北側は、大陸プレートの土地。だから四国は、南と北で雰囲気が大きく異なるんだ。この国道は、大陸プレートと、かつての海洋プレートの上を交互に走れる稀有な道路です。山の稜線が美しいですね。
おお、デカいダムですね~。「四国の水瓶」とも「四国のいのち」とも言われているダムで、四国四県で使われる水が、この一ヶ所にあるとも言える。総貯水量3億1,600万立法メートル。これは東京都の水瓶・狭山湖ダムの15、3倍の貯水量です!じつは、うどんさん小学校低学年の時からダム・フリークス。ルーツは黒部ダムだった。黒部ダム建設時の殉教者は170余名にのぼる。ダムは、まさに命がけで造る。合掌。
香川県全域分の水(早明浦ダム使用水量の3割)と吉野川北岸農業用水が、このダムから、徳島にある「四国のかなめ」池田ダムへと送られている。くびすを返して徳島へ。このダムで、2県分の水が分水される。香川用水の起点です。ここには階段式魚道があり、ダムに流れ込んだ流木を粉砕して堆肥化させ、農家に無料配布するなど、取り組みもユニーク。このダム湖を跨いでいる、女性的な景観の、美しい大架構梁がある。世界初の両側同時張出しによるトラス(単位三角形構成)工法によってアーチ部を架設のしたもので、名前も「池田へそっ湖大橋」と、ユニークだ。この橋の基本設計をしたのは、望月秀次・安藤博文の日本道路公団四国支社建設部に籍を置く両氏。うどんさんは大の橋フリークスでもある。ルーツは隅田川橋梁群。では、香川に入りますよ。
池田ダムから送られた水は、導水トンネルを通って「香川用水記念公園」(三豊市)の東西分水工で分かれ、西部幹線に送られた水は観音寺市を受け持つ。香川用水の農業用水配水の仕組み例は、こうだ。田植え用水は、まず地元の溜め池の水を利用する。孫池の水が少なくなると、子池から水を補給。子池の水は親池が補給する。そして田植え後、親池に香川用水が水の減少した分を補水する。節水が徹底されてますね。
東部幹線は同じく三豊市の「香川用水調整池(宝山湖)」付近の神田分水で、高瀬支線を伸ばす。ここの支線は、三豊市を受け持つ。こんな感じで、幹線水路は次々に水を送っていく。 ああ・・・ちょっと疲れた。ここまで調べるのに結構時間がかかった。
脇道に逸(そ)れます。気晴らしに、得意分野の話を書く。仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)、通称「こんぴらさん」。「玉藻集(たまもしゅう・讃岐の名所・古跡を詠じた江戸時代の和歌集)」に3.000年前からあると書かれる(3.000というのは実数ではなく、単に「大きな数字」の意味だと思う)この社(やしろ)は古くから参詣者が多く、本州からも参詣専用船に乗って、多くの人が訪れていた。その船を「金毘羅船(こんぴらぶね)」と言った。
金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり) 象頭山(ぞうずさん)
金毘羅大権現(だいごんげん) いちど まわれば
(以下、この歌詞の繰り返し。その後accelerando←早くなって、終わる。)
この唄のレコードには、5番まで歌詞のあるものがあるが、後世の付け加えで、元唄にはこの歌詞しかなかった。うどんさんは戦前の日本民謡研究もしていたのだが、この歌の歌詞だけは日本全国どこに行っても同じだそうだ。お座敷遊び唄であるが、老若男女いずれにも有名で、小さい子どもまで知っている。おそらくは参詣帰りに、丸亀あたりで芸者遊びした旦那衆が覚えて、自分の土地に持ち帰り広めたのだろう。(←いちおうの得意分野)
んで、何を書きたかったのかと言えば、この「こんぴら船々」が丸亀競艇場の舟券発売締め切り合図の音楽として使われている事だ!(←真の得意分野) 締め切り3分前からアッチェレランドが始まり、テンポが速くなっていく。おいおい、そんなに せかすなよ。2分前、女性の事務的な声で「この音楽が鳴り終わりますと、投票窓口を締め切ります」という無情なアナウンスが流れる。おい、まだ舟券買ってねぇってば!焦れば焦るほど、ツキが遠くに行っちまう。サイフは、どんどん軽くなっていく。そして最終レースに有り金全部つぎ込まねばならぬという、いつものパターンになる 。結果はいつも同じである。今日もオケラになってしまった。もう、帰りの電車賃も無い。また空腹に耐えながら、6時間歩いて帰るのか・・・不貞腐れて、道路に大の字になって寝る。これがサイコーに気分いい。富にも権力にも拠らない、ほんとうの自分になれる。これが簡単に出来るのは、ギャンブル場だけだ。帰り道、澄んだ星空に闘志が燃える。今日の仇は、次の開催日で討つ!ああ、まったく懲りることが無い。
♪~金恋し 腕節痩せねど サイフは空にて 今宵も更けゆく♪~ (「金恋し」石田一松・「君恋し」のメロディーで)
丸亀 舟券
生活費に手をかけ 修羅シュシュシュ
まわれば 四国は
高松競輪 高知競馬に 丸亀競艇場
いちど回れば スッテンテン

地方公営ギャンブルって1年365日、ほぼ毎日やってるんですよ。おお、オソロシイ。←香川用水どこ行った。(次回につづく)

2016年3月12日土曜日

己心の香川と現実の香川・水にまつわる話

今、香川用水と出水(ですい・香川方言で、自然湧水の事)を讃える詩を書いているんですが、これには たっぷりと思い入れを入れて書いている。いわゆる己心(心の中にある)の香川です。うどんさんが詩に書く「香川」は、いつも「己心の香川」なんだ。
だから現実の香川とは違うのです。たとえば、今の世の中、香川の水の不味さを言う人が多いでしょう。ありがたいはずの水道水に手を合わせる人は、少ない。ネットに、こんな記事がありました。
「最近高松に引っ越してきました。前住んでいたとことは、静岡県の東のほうだった。すごく水がきれいで豊富、水道代も安かった。こちらにきて、まず不動産屋に浄水器レンタルを薦められた。浄水器?何でそんなものが必要なの?その理由は、香川で暮らし始めて分かった。水道水がおいしくない。そして、水道の出が悪い。川に水がなく、どぶのようなところには一切水がなく干上がっていました。水道料金もだいぶ高めです。今までの10倍くらいする。」
静岡は全国的に見ても、トップクラスで水がきれいで、かつ豊富な、水道代の安い土地。静岡の小川町の10立方メートルの水道代は363円。香川県高松市は同じ量で2.592円になります。水道代っていうのは、土地が違えば、これくらい違う。地域によって水資源の貧富・水道事業の難易・設備維持費の大小があるから、これは当然なんだけど、平均値的思考が身に付いている現在の日本人には納得しがたい事のひとつでしょうね。(ちなみに北海道羅臼町では3.360円にもなる)
この「高い・不味い・出が悪い」香川の水道水も、「己心の香川」では、「いのちを支える甘露の水」となるんですよ。香川の水の履歴、それをちょっと書いてみます。(写真集の続きは下の方にあり)
((諶之丞の銅像を建てたのは三豊(みとよ)市にある「讃岐缶詰」の創立者・渡辺礒吉(いそきち)さんだ。香川県が税金で造ったんじゃなくて、諶之丞の研究者が個人で、自分で働いたお金で造ったんです。すばらしいじゃないですか。))
香川県の近代インフラ(都市基盤施設)の全ては、大久保諶之丞(じんのじょう)という明治時代の一県会議員でしかなかった人が構想したんです。彼が構想した「香川用水」は高知県の巨大「早明浦(さめうら)ダム」に貯えられた水を、徳島県の「池田ダム」を通じて、香川県に導水するというものに発展した。
香川用水は、なんと3県にまたがった、年間2億5000万トンの水を送る大用水路なのです。(120年も前に、こんなスゴイ構想がよくできたものだ。「香川用水」を初めて知ったとき、うどんさんは水源の無いシンガポールに生活用水のすべてを供給するためマレーシアから引かれた、あの巨大パイプラインを連想しましたよ)
(シンガポールとマレーを結ぶ3本の巨大水道パイプライン・Tambak Johor)
諶之丞は、四国四県を結ぶ幹線道路・「四国新道」の計画を熟思している時に、慢性的な水不足に苦しんでいる香川に、徳島県を流れる吉野川から水を引けば、農業用水・生活用水ともに確保できると確信したのです。
((十和田市の祖塚(たいそづか)祭られている新渡戸伝の銅像))
この発想は、青森県の「人も野生動物も、鳥も虫たちもいない、そして草木の一本も生息していない三本木原(水が無かったから)」に、遠く離れた奥入瀬川から用水路を引き、一大穀倉地帯と都市(現・十和田市)を作った新渡戸伝(にとべつとう)も彷彿させる。江戸時代の事だった。この稲生川(いなおいがわ)用水路を通すために、2つの山にトンネルを掘る必要があった。トンネルの総延長は6.000メートルにも及ぶ。それは、すべてノミと金づちで掘る。だが伝は、この難工事を、わずか5年で完成させる。半農半商の都市計画は、次男の十次郎に任せた。三本木原の新田に初めて稲が実った年、十次郎の子どもが生まれる。その子は稲穂と三本木原の町が造られた事にあやかって「稲造」と名付けられた。そう、あの、新渡戸稲造です。また、現代の青森県南部平野は、稲生川用水の効果もあって、あの広大な津軽平野に匹敵する広さを持つに至っているのです。
(十和田市を流れる稲生川)
話を戻します。うどんさんが香川に行ったら、真っ先に礼拝しに行きたいのが 1・瀬戸大橋 2・四国新道(高松から高知に至る現在の国道32号線と、高知~松山間の33号線) 3・多度(たど)郡・琴平(ことひら)公園の大久保諶之丞像 3・三豊市にある香川用水記念公園 4・200か所以上ある香川の出水(うどんさんが数えてみたら206か所あった) なんだ。讃岐うどんなんて、四の次・五の次でいい。出水には、ひとつひとつに番号を付け、毎年巡礼したいと思っている。そして、この「出水巡礼」を香川の教育・文化事業にできたらいいなと願っている。古来より、人と沢山の生物の命を支えてきた「出水」は、現在 手入れされることも無くなり、水は濁り、ゴミだまりになり、水が枯れたりしている。
(善通寺市にある出水。荒れています)
古来より水を確保することは、命を守ることでもあった。水が無ければ料理も洗濯もできない。お風呂にも入れない。農作物が作れない。第一に、生きていくことが出来ない。水を讃えることは、水を美味しくすることにつながる。水を讃えることは、生活にツヤを持たせる。そして水を讃えることは、いのちを磨くことに連なるのではなかろうか。うどんさんは、以前から痛切にそう思っている。
(まんのう町の出水。土を入れ替えなきゃないですね)
うどんさんは現在青森県民だが、心の中では既に香川県民にもなっている。気が早いんだ。だから、冒頭に紹介した静岡から香川に引っ越してきた方には、こう申し上げたい。
「生活用水も農業用水も満足に確保できない香川県が、高知と徳島の方々のご理解とご厚意により、遠く離れた他県のダムから水道水を送ってもらっています。水圧は強くできません。経費もかかるので、水道代は割高にならざるを得ません。そんな中、香川県水道局の人たちは、少しでも美味しい水を県民の方に飲んでもらいたいと日々努力を続けています。水の豊かな静岡県とは同じようにいきませんが、なにとぞご理解くださいませ。」だが、これで話をチョンにしたくない。先がある。
これは静岡県の柿田川にある湧水のひとつ。美しいですね。でも、かつては日本の湧き水は、どこでも清らかだった。だから、うどんさんは香川の出水を、カラスさんに協力してもらって水神(みずがみ)さま(古代人が神格を与えた、水を浄化する自然現象)を呼び起こし、この状態に戻していきたいんだ。(←意味不明だべ。この「秘法18番」を、うどんさんは知っているのだ。ふっふっふ^^) 一ヶ所成功すれば、あとは何とかなる。高松市には、名水「楠井(くすい)の泉」が湧いているくらいだから可能性は、ある。現在、香川県水資源対策課が行う中学生対象の「香川用水・水源巡り」は20年以上続けられている事だし、あとは個々の感受性に問うところは大きいが、「出水巡礼」を県民運動にできる下地だってあるだろう。
水道を使うたびに「高い・不味い・出が悪い」と感じるのであれば、裕福層であろうとも、満ち足りた生活は送れない。これは、損だ。「ああ、ありがたいな。嬉しいな。なんて便利なんだろう。この水道があるから、今日もまた一日、生き延びられる」と心から感じられれば、貧しくても艶やかな生活を送ることが出来る。
幸福生活とは、そんな日々の積み重ね。だから、今の日本で「幸福な人生」を生きる事なんて、じつは そんなに難しいことではないのです。
これが亜矢香のラスト作品集「魔法人形あやか」の最終ページ。あやか様、かねしげ様、「つづく」の続きは、わたくし「つめたいうどん」が引き受けました。その具体的実践は、香川の地にて行います。



2016年3月5日土曜日

玉勝温泉と玉代姫・勝世姫伝説 湯治場より

上北の湯治宿に来ています。昨夜は同泊のおばさま方から宴会に誘われて、部屋でパーティーやってきました。宴会用料理作り。沼尾養魚店に行ったら、魚が入ってなかったので、別所で五戸町あべ養鶏場のチキンネックを買いました。カツオ出汁をとってソバだれの濃いのを作り、それで肉を煮詰め、斜め切りした太ネギを混ぜます。これはワサビをつけて食べる。それとワカサギ料理。5人分なら、両方で20分もあれば出来上がるのです。
年配者は濃い味付けを好む。だから、全く体に悪くなく、しかも歯が無くても食べられる調理法で作るんだ。薄味なのに、濃味だと錯覚させる。柔らかく、かつ歯ごたえもあるような食感を出す。このへんのところは、食材と包丁と鍋と火と、相談して作るんです。レシピじゃないのです。
それで、まあ、宴会は盛り上がった。聞けば3人は姉妹、それに親族の嫁に来た人が1人の仲良し4人組。この湯治場に時々来て楽しんでいるんだそうな。「息子みたいな人だなぁ~」って言われた。宴もたけなわになった時、カラオケに行くべぇとなった。近くにあるカラオケスナックに歩いて行った。カラオケなんて20年ぶりだった。うどんさんは「日本歌謡曲史」も勉強してきたので、明治時代~昭和の歌謡曲を殆んど知っている。どんと来い、カラオケである。音楽をやっていたので、一回聴けば、たいていの曲のメロディは覚えられた。戦後の歌手で特に好きなのが、宮史郎と吉幾三。お願い わたっしを~ 捨~てぇないで~♪
十八番(おはこ)という歌などないのだが、ベルカント唱法も浪曲の歌い方も出来まする。下手だけどね(*^^)v そういえば、ロックバンドやってる時は、「ウイーン少年合唱団みたいな声だから」という理由で、ボーカルをやらせてもらえなかった(/_;)
上北町(現・東北町)にある「玉勝温泉」の先代社長さんは、むかし音楽の先生をやっていた。週に一度、銭湯の2階の大宴会場で無料のカラオケ大会を開催していた。町の人に、すごく人気があって盛り上がっていたという。僕は、これに1度も行った事がなく、今も後悔している。
先代さんの時から、「玉勝温泉」の湯治料金はオール込みで1泊2.000円だった。上北駅から1分30秒の全館床暖房温泉で、この料金。2代目さんになって、カラオケ大会は無くなったが、宿代は2.000円のままである。消費税込みでだ。消費税が10%になっても、オール込み2.000円でやるという。慈善事業みたいなもんだね。僕は温泉場は200ヶ所ぐらい歩いてきたが、ここの泉質はなかなかのものだ。47・3度のアルカリ性単純泉と分類されるが、ナトリウムのほかに炭酸水素と硫酸成分がけっこう多く、それが玉勝温泉の味を出している。銭湯・湯治場とも床暖パイプをくぐって適温になった源泉100%の かけ流し。シャワーのお湯も、カランのお湯も源泉100%。ただし夏場は地下水を加えて湯温を下げる。風呂の水も水道水ではなく、地下水だ。佳い温泉の条件がそろっている。
玉勝温泉の前身というのが、じつは今の湯治場浴場だったそうだ。小さな銭湯だった。それが三沢の小牧温泉から始まった新温泉ブームの時、新たに地下を600メートル以上掘削して、大きな泉源を掘り当てた。道路の向かいの田んぼを買収して、現在の大銭湯を作ったと聞いた。ちなみに三沢と東北町の数ある銭湯は、すべて天然温泉の、かけ流し。どこも良い温泉だ。入湯料金も、八戸市の水道水銭湯の半額くらいの所が多い。
青森は温泉王国だが、一番好きなのが八甲田の谷内(やち)温泉。2番目が下北・風間浦(かざまうら)村の共同浴場・大湯と新湯。3番目が津軽・湯段温泉の「ゆだんの宿」の温泉。個性豊かな温泉が多い。玉勝温泉は4番目に好きだなぁ~。
ところで、「玉勝」とは、この地に伝わる伝説の「玉代姫と勝世姫」の事だ。話の原型は、もしかしたら室町時代には出来ていたのかもしれない。紙に書かれたものではなく、口承文芸である。世をはかなんで、行方不明になった父を探しに、京都から姉妹が北上を続け上北町までやってきて、ここの湖に入水(じゅすい)自殺するというもの。その話は江戸時代後期になって、口承文芸特有の色んな継ぎ足しが加わっていき、今の形になったと思われる。増築・改造だらけの住宅みたいなものだ。(この説を唱えているのは、うどんさんだけ)姫は大蛇に変身して沼の主のワニ鮫と3日3晩戦うというストーリーが付け加えられ、ハチャメチャになり、岡田あーみんが書く漫画みたくなった。
ああ、岡田あーみん・・・日本人初の美少女漫画家(作家が美少女という意味)と言われた、変態少女漫画の女王様。どどーーーん!
おまけ。これが玉代姫と勝世姫像(小)。ゆるやかなS字型の台座は、ふたりの没した小川原湖と姉沼の地形を表しているんだと思う。そして小川原湖湖畔には、大きなコケシ型の「玉代姫と勝世姫」木製像と、十和田湖「乙女の像」にライバル意識を持って造ったのであろう銅像が鎮座してありまする。