2016年4月19日火曜日

高知競馬「再生」への足取り

高知競馬のレース実況をする橋口浩二さんは、誠実で紳士的なアナウンスをする人だが、多趣味で音楽にも造詣が深い。高知競馬場の、平場(ひらば)・重賞競走・交流レースのファンファーレは、ともに彼の作曲によるものだそうだ。雰囲気がよく出ている曲風で、曲想に夢がある。思いがある。レース前に馬の戦歴などをつぶさに調べてから、口上を述べる真面目な宮崎県人。未勝利が続く馬に対しては、「このレースで勝てば、○戦目の勝利です」と、律儀に紹介する。高知新聞社の石井研に、ハルウララの連敗記録を教えたのが、この人だった。
(橋口浩二実況アナと別府真衣騎手)
石井は、それを聞き逃さなかった。これは いけると確信したのだろう。前回紹介した写真に、金曜日の夕刊紙面全面をあてがった。ハルウララの記事が新聞に載ると、まず高知県内で話題になった。「これ、もう見ちゅう?」。競馬に興味のない人たちも、それを話題にした。この時、高知競馬の組合管理者をしていたのが前田英博。県庁商工政策課のエースだったが、モード・アバンセ事件(多勢の高知県庁職員が関与した26億4千万にも及ぶ不正融資事件)の煽りで「左遷」され、ここに まわされた。だが、これが競馬界にとっては、幸いした。およそ公務員らしくない、やり手の人物が指揮をふるう事になった。
前田は高知競馬を再建に向け、あれやこれやとトライしていたが、どれも鳴かず飛ばずだった。ところが石井の記事に反応する市民を見て、「この馬、話題になるかも」と閃めいた。すぐさま全国紙とテレビ局へ、例の写真とハルウララの資料を送った。読みは当たった。ハルウララは全国区の人気者になった。不景気の時代に不景気なものが評判になるケースは珍しい。人々は、どこかに地方競馬の持つ「旅情」なり「癒し」を感じたのかも知れない。ハルウララに託(かこつ)けて、高知を旅行してこよう、なんて人が多かったと思う。いろんな所にお金が落ちたから、高知県にとってもありがたかった。
収容人数が15.000人の高知競馬場は、連日お祭り騒ぎになった。そういえば、園田競馬場の実況する人間国宝・吉田勝彦アナウンサーが生まれて初めて競馬を見たのは、町内の「五穀豊穣祈願の日」だったそうだ。競馬場の正面にある神社にお参りに行くのだが、町内の おっちゃんたちは競馬開催日に合わせてバスを借り切る。競馬が主(しゅ)で、祈願は従(じゅう)。豊穣祈願が済むと、バスを待たせて競馬場にまっしぐら。巻き添えを食らう町内の人にとってはムチャクチャに映るが、これもあり。景気回復は、物見遊山でいいのである。
さて、一気に押し寄せたハルウララ効果で、高知競馬場は黒字に転換できた。これで一息付けた。だが同馬の引退後には、また崖っぷちの経営が待っていた。年間売り上げは40億円を割りこむ。有馬記念ひとレースの売り上げが400億円だから、高知競馬の台所事情が いかに厳しいものか想像してほしい。試行錯誤の末、組合は「通年ナイター競馬(全国初)」に最後の望みをかけてみよう、という事になった。これは競馬場が打つ博打である。今後いちどでも赤字を出したら、高知競馬は即刻廃止の約束だから、あとが無い。だが、従業員たちがついてきてくれるだろうか?
設備費の件は何とかするにしても、競馬場の従業員は、高齢者再雇用の女性がほとんどだ。ナイターをやるとなると、勤務は夜の9時過ぎまでになる。生活にも体にも負担がかかる。騎手にしても、レースが終わって家に帰り、風呂・メシを済ませれば寝るのは深夜11時。馬の調教は朝3時に始まるから、これは しんどい。心苦しいまま、皆に相談した。そしたらナイター開催に異を唱える者は一人もいなかったという。全員が「高知競馬を存続させる」という一念で団結していた。
補助金をかき集め、財政調整基金を吐き出し、10%の賞与や賞金の削減も関係者に了解してもらった。背水の陣で、ナイターとネット馬券販売に賭けた。夜間開催の名称は「夜さ恋(阿波よしこの・夜さ来い)ナイター」とした。ハルウララが教えてくれた「弱者の発想」。目玉に、払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース・3連単馬券」を持ってきた事は、以前紹介したとおりである。上手くいった。「再生」の歯車が、動いた。神さまも、情けをかけてくれたんだと思う。こうして高知競馬は、復興のリズムを掴んだ。
平成21年度~25年度の売り上げは、95億6.900万・101億1000万・109億9200万・119億9.500万・159億200万と右肩上がりに伸びている。サラブレッドの馬産というシステムを鑑みると、地方競馬場が廃止されていくと、馬を買う人が どんどん減っていくから馬産というシステムに歪みが生じる。そうなれば、いい馬・強い馬が作れなくなっていく。地方競馬の踏ん張りが、ようやく世界レベルまでになった日本のサラブレッド馬産を支えている、という見方もできるんだ。

夏の夜空に 花火が散って
夜も眠らぬ 土佐競馬
ビルの谷間を 天馬が踊る
四国高知は 長浜宮田

やってまれ やってまれ
一発逆転ファイナルレース
南国土佐の サムライ駆け抜け
あとは野となれ 山となれ

2016年4月10日日曜日

廃止目前の高知競馬に舞い降りた奇人と、金のないサムライたち

高知競馬場にはハルウララ号の肖像画(実物大)が描かれた壁面がある。全国ブームになった、一頭の負け常習馬。日本馬で初めて国際G1レースを勝ったカツラギエースもセリで売れ残った馬だったが、ハルウララ号の主取りは訳がちがった。競走馬レベルの低い競馬場でなくては、どうにもならんだろうという事で、高知の所属馬となった。だがこの馬が、のちに並みの名馬にもできない経済効果を波及させ、高知競馬場が歩む方向も示唆していくのだから、世の中は分からないものだと思う。
馬券の売り上げもレースの賞金も、全てが全国最低だった高知競馬場。ジャパンカップの賞金総額は6億2400万円だが、高知C3レースの賞金総額は、たったの15万円だ。(賞金 1着 100,000円 2着 25,000円 3着 12,000円 4着 8,000円 5着 5,000円) 膨らんだ累積赤字は88億円。そして2002年、高知県は「競馬場の廃止」を打ち出した。この案を受けて、高知新聞は廃止を促す社説を載せた。ところが、これに真っ向から反旗を翻す男が現れたのである。あろうことか、同じ高知新聞社の社会部の記者・石井研だ。
石井は上司たちから激しい抗議を受けながらも、「高知競馬という仕事」と題する連載を書いた。(こんな事が可能なんだから、高知新聞社はなかなか面白い) その中に、「金のない侍たち」という記事がある。中央競馬から都落ちしてきた馬を、高知の調教師たちが「再生」させ、再び中央の馬たちに勝負を挑むというレポートだ。その記事の内容を織り交ぜながら、文を書いてみる。
(中央競馬の馬運車と高知競馬の馬運車)
中央競馬をはじめ、各地のエース馬が集まってきた佐賀競馬場。2003年2月10日のことだ。翌日はここで交流レースがある。冷暖房完備の「ラグジュアリーDX観光バス」のような馬運車(一頭につき1台)でやってきたのは、中央の馬たち。その横に停められた「場末のオンボロ小型トラック」(旧型の馬運車・乗り合い)の車体には「高知」と書いてある。この「ほろ馬車」でやって来たのが、エイシンドーサン号(高知競馬所属)だ。ドーサンは、かつて中央所属の馬だったが、走れなくなって高知に都落ちした。高知の調教師たちはドーサンを、高知では そこそこ走る馬にまで復活させた。その馬が、勝ち鞍を重ね、出走権を勝ち取って、再び中央の馬たちに戦いを挑んでいく。
(エイシンドーサン号と徳留康豊騎手)
「なんか無謀で、むちゃくちゃで、かっこええなあ。侍やなあ」 取材班の若いカメラマンが、そう言った。中央競馬と地方競馬のジョッキーや調教師の収入は、10倍の差がある。死亡事故の最も多いスポーツである競馬のジョッキーは、中央なら下位クラスでも年収1.000万を超える。ところが、地方競馬になると、下位クラスのジョッキーの年収は、コンビニのバイト代と変わらない。黒船賞(高知競馬の中央騎手交流重賞競争)で、中央競馬の騎手がごみ箱に捨てていったブーツ(乗馬靴)を、高知の騎手が拾って履いている、というのは実話だそうだ。そのブーツとドーサン号が、オーバーラップした。

中央の馬と地方の馬では、まず馬体がちがう。飼い葉(エサ)の質がちがう。付けている鞍の質もちがう。地方の馬でも、中央の足元をすくう事はあるけれど、所詮はレベルが違うのだ。だから、このレースでは、エイシンドーサン号の負けっぷりこそに、見どころ・見応えがあり、真実もあるんだ。
レース当日。出走馬は12頭で、9歳馬のドーサン号は12番人気だった。1番人気は横山典弘の乗る中央馬・カイトヒルウインド。ファンファーレが鳴り、枠入りが始まり、発走体制完了。ゲートが開いた。こういうレースの場合、コアな高知競馬ファンは、ヤケクソのように初めから騒ぎまくる。後方からレースを進めるドーサン号に送る声援に力がこもった。「行けえええ~、エイシンドーサン」「ドーサン、やっちゃれー!」
結果、エイシンドーサン号はエアピエールの9着だった。人気のカイトヒルウインドは6着。だが、ドーサン号は泥だらけになりながら、地方馬2頭・中央馬1頭を、けなげにも抜いてきた。中央の馬には10馬身も先着した。よくやった。調教師は、馬が能力の全てを出せるように調教した。騎手は、完璧な乗り方をした。レースの流れも悪くなかった。馬も精一杯走った。だから、これでいい。力がちがうとは、こういう事だ。環境がちがうとは、こういう事だ。だが、こういう戦いも積み重ねれば、一矢報いることもある。さあ、高知に帰ろうや。帰路に向う「ほろ馬車」こそが、金のないサムライたちの乗る車だ。「金のない」に大した意味はない。「サムライ」に意味がある。
石井の書いた連載は、少なからぬ人たちに影響を与えた。「竜馬の土佐」という土地柄もあったにちがいない。高知県と高知市は、2003年に競馬場に対し、「武士の情け」とも言える処置を施す。県議会は「即刻廃止」から、「黒字経営に転換させる事を条件に、現在の負債88億円は、県と市が肩代わりする」という方向に転換する政治決断を下した。雇用の問題もあっただろうが、これで競馬場の金利負担が一切なくなった。もしかしたら、ほんとうに高知競馬は存続できるかもしれない。関係者に一縷の希望がわいた。
石井は連載を続けていた。そして、2004年6月、高知新聞に「1回はぁ、勝とうな」と書き込みの入った1枚の写真が載った。この写真が、その後のハルウララ・ブームを作っていくことになる。(つづく)


2016年4月2日土曜日

被子植物と虫類と鳥類の連なる生命 そして高知競馬場←は?

小学校の時に、被子植物は虫が好む形と匂いを発する花をつけ、虫を介して受粉する仕組みを知って驚いた。なぜなら花は、あらかじめ虫の存在と、虫たちの好み・行動を知っていた事になるからだ。
これが不思議でたまらなかった。だが教師連中は一人として、この問題に疑問を感じていなかった。不思議に思わないのか?ダメだ、こいつらの低俗な頭じゃ。そう思った うどんさんは市立図書館に行って、いろんな本を調べてみた。だが、そんな事を書いている本は一冊もなかった。当時の図書館は、児童室と一般室が分かれていて、小学生が一般室に入ると、「こっちは子供の来る所じゃない」と言われて追い出されたので、職員を説得するのが一苦労だった。
大人になってから、さらに被子植物は鳥類が好む味の果実を付け、その果肉の中に種子を忍ばせ、わざと鳥に種入りの実を食わせて、遠方に種子を運ばせるという事を知って、2度びっくりした。種子の胚は、鳥類の強烈な消化器官でも消化されないように、固い種皮に包んである。糞と共に排出された種は、発芽に必要な糞の豊富な栄養分にくるまれる。
ああ、なんという事だ。被子植物は、鳥の嗜好・行動・内臓器官の仕組みまで知っている!だが、大人になって検索能力があがっていたにも拘わらず、これらの疑問を解き明かす内容が書かれた本を探すことはできなかった。これらは自分で思索するしかない。
それから長年たって、ある日とつぜん心づいた。「そうか、分かった!被子植物と花粉を媒介する昆虫と種を運ぶ鳥たちは、体は分離独立しているが、本来ひとつの生命体でもあるんだ。個別的生命と総括的生命、ああ、なんて自由自在な生命だろう!」 もちろん、こんな突拍子もない、何の説得力もない説を信じる人なんて一人もいないだろう。だが、この説は 自分を納得させるのに十分だった。うどんさんは嬉しくなった。後年、海外で被子植物と虫は情報交換をしているという学説が出たが、そんな学説は どうでもよかった。
5年前、東北大学の田村宏治教授らが、鳥類の祖先は爬虫類ではなく恐竜である事を決定づける証拠をつかんだ。これまでは、恐竜の前肢が「親指・人差し指・中指」であるのに対し、鳥類の前肢(翼にある指の名残)は「人差し指・中指・薬指」なので、「鳥類の祖先は恐竜ではなく、爬虫類」とする説が有力だった。それが今回の発見で、これまでの説は誤りであり、鳥類の前肢も恐竜のそれも同じ仕組みであることが分かった。これで150年間も続いてきた鳥類の祖先論争はピリオドをうった。被子植物類と虫類、鳥類、これらは2億4千万年以上も続いている総括的生命体なのかも知れないね。そう思って鳥さんたちと遊んでいると、よけいに楽しくなる。
話を少し変える。カラスさん・ユリカモメさん・ウミネコさんは、うどんさんの とりわけ好きな鳥だ。これからの鳥たちは、進化に対し無限の可能性を秘めている。その適応性の凄さはどうだ。自然破壊されたフィールドでも平気で暮らしている。
(ユリカモメさん・冬羽)
とくにカラスさんの、野生でありながら人間文明の都合のいい部分を利用して生活する、いわゆる
シナントロピズムには学ぶところが多い。カラスさんから教えを受けた うどんさんは、人類ではない何者かになって、人間の作ったインフラ・貧乏住宅・web・魚屋・農家の産直・図書館・郷土資料館、そしてギャンブル場と酒を利用するSynanthrope(シナントロープ)になった(*^^)v 2億4千万年前から続く生命列環(造語です)に参加して、都市鳥のように生きる。これが なんとまぁ、快適でシアワセな人生を楽しむ方法であったのだ、自分にとってね。
(香川の白カラスさん・おやじ氏撮影)
でさぁ、香川で暮らせば、高知競馬場に時々行けるんだよね。2.000年以降、ギャンブル場廃止論が高まる中で、累積赤字88億円の、まっさきに潰れてもおかしくなかった高知競馬場。ところが、「弱者の大逆転」がおきる。Foinavon(フォイネーヴォン)が英国グランド・ナショナル大障害レースを大逆転勝利したようなものだ。売り上げが年間40億円を切っていた赤字製造機の超弱小競馬場が、今や120億円近くを売り上げ、多くの黒字を出している。
(3分24秒・日本語では「フォイネイボン」と言うらしい。騎手はジョン・バッキンガム。世紀の大落馬事故が起こった10秒後、はるか後方を走っていたFoinavonだけが障害を飛越していく
高知競馬のトップたちは経営危機を脱する際、非常にフレシキブルな発想をした。都市鳥さんたちのようにね。地方の競馬場でありながら、中央競馬の都合のいい部分を利用した。競馬場のシナントロピズムである。中央競馬の最終レースで馬券を外した連中が、ネットで高知競馬のナイター・レースの馬券を買えるようにした。目玉は、高知最終レースに組まれる払い戻し率77%の「一発逆転ファイナルレース」の3連単馬券。このレースには、勝鞍に見放されている馬たち(競馬新聞記者たちが選抜する)が出場する。中央競馬と、まったく逆の発想をした。
うどんさんは変態なので、「有り金ぜんぶスッて、不貞腐れて大の字になってギャンブル場の道路に寝ること」を理想としている。馬に自分の人生を投影しない。だが常識ある一般ピープルたちは、「最後は勝ちたい」と願っている。馬に自分を重ね合わせる。高知競馬のトップは、まんまと その人情につけ込むことに成功したんだ。
高知競馬の もうひとつの特色として、故障や成績不振でホームグラウンドを走れなくなった馬たちを引き取って走らせる場所というアイデンティティがある。走れなくなった多くの牡馬(おとこ馬)は、たいがい屠殺場に運ばれて、ニュー・コンビーフ・加工馬肉になる。これが経済社会だ。だが、馬主にしてみたら、もう少し余命を与えたい。それが、せめてもの慰みになる。競走馬の維持には お金がかかるけど、あと数年は南国の小さな競馬場で、のんびり余生の競争生活を送ってくれや、となる。ここ、高知競馬場の調教師たちは、業界で「再生屋」とも呼ばれているんだ。
かつで中央競馬などで活躍した大好きだった馬が高知競馬場に都落ちしたしたら、はるばる尋ねに行ってポケット・マネーで単勝馬券を買い、砂場場をドン尻でゴールする かつての自分だけの名馬に、惜しみない拍手を送る、なんていうのはステキだと思う。宗教的視野で観れば、「再生屋」を長くやっている篤行があったからこそ、絶体絶命の窮地から高知競馬は「再生」できたのだと捉えられはしまいか。だから、他の地方競馬場が高知競馬場の真似をしても、こんなには上手くいかないだろうと、うどんさんは思っている。